2011年04月16日

一人の週末

 穏やかな土曜日。少し暑いぐらい。本当に久しぶりに一人の週末を送っている。
 一人でぶらぶらと散歩。もう桜は葉桜になりモクレン、辛夷の花も茶色く変色して落ちてしまっている。毎年気になる「ゆすら梅」の木は、花が実へと変わりつつある。そろそろ花水木の花が咲くかしら・・・。
 のんびり紅茶を入れ、ケーキの代わりにアイスクリームを食べたりしている。

 正直言うとテレビは見たくない。相変わらず『「タービン建屋」にたまった水の放射能の数値が高くなり・・・』などという報道にうんざりしているからだ。一体どうなる原発・・・。避難している人たち。テレビを見ると気が滅入りそうになる・・・からだ。遅々として進まない復興への道。被災した地区の首領など自治の人たちのいらだち。政治家が・・・放射能の専門家が・・・言っていることがまやかしのようにも思えてくるからだ。

 そこでちょっとぜいたくにマッサージへ。このところ結構疲れている。自覚はなかったのだけれども、マッサージのお兄さんの「ふー。」でわが身の、相変わらずの凝り具合を感じた。そうして帰ってきて、さてと。一人っの生活ってこんなふうだったんだ。などと。
 
 ちょっと前まではこんな週末は当たり前のことだったのだけれども、このところの春休みや、地震、それに失業していた息子、それに、約束通り基本は別々に暮らしているだんな様の出入りがあってずうっと週末はにぎやかだったのだ。 
 それが今週、息子は一応再就職先が決まり、百子は授業が始まり、そしてだんな様は吟行だったり、飲み会だったり。そうそうこの週末は、もう一人の息子が大手広告代理店を辞めて違う会社へ転職。ということで東京に戻り今日が引越しのはず。えっつ?手伝いに行かないのかって?うん、行かない。あと一人の息子は、今年こそ転勤辞令が出るはずなんだけれども、いまだに福岡。 息子のことはそれぞれに任せて、やっぱり一人の時間は貴重なんだ。一人の時間を確保したいんだ。

 ということで、本を読んだり授業準備をしたり、ご無沙汰している友に手紙を書いたり・・・。そうだ、久しぶりに故郷の友に電話してみよう。そろそろ引越しかな?
 彼女、階下に住んでいらしたご両親がなくなり、息子たち独立したので、郊外の一戸建ての大きな家を手放し、駅のそばの便利なマンションに移り住むらしい。夫婦二人の老後の準備だそうだ。
 百子も、仕事と自分の時間と家族との時間のやりくりを確立して老後の生活に備えなくちゃ。




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2011年04月14日

この花の名は…

 我が家のご近所で咲き始めたこの紅白の花。桜の咲く時期と一緒に咲き始めたので、桜の一種かな?っと。
わが家が車を預けているカミヤさんのうちの駐車場には、この木が3本もある。そして家から近くの公園に行く途中の、またまたマミヤさんという表札がある家にもこの花が咲いている。(この辺はカミヤさん家が多いのだ)。だからこの花を「カミヤ桜」呼ぶことにした。

 ネットで、「紅白桜」と検索すると「ヒカンサクラ」という写真が出てくる。この花のことなのだろうか。
花弁は八重で、同じ幹(枝)に紅白の桜が咲く。毎年、この花のことが気になって仕方なかった・・・。人工的に接ぎ木をして作られた花なのだろうか。

                 
紅白の花2011-04-14 14.38.05.jpg


 
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2011年04月12日

取材と報道ー「記憶・忘れてはいけない事」写真展を見て

 それらの写真は、暖かくもあり、悲しくもあり、想像を絶するものでもあった。
       日本経済新聞社写真部記者による自主的な写真展。プリントは富士フィルムが無償で提供したという。
            日経新聞社東京本社2階。日本経済新聞社SPACE NIO。入場無料。

 何枚かの写真の合間に、カメラマンが書いたと思われる取材記事が展示してある。写真を写しながらの被災者とカメラマンの会話だ。そこには被災された人、取材する人との垣根が取り払われた暖かい人と人とのつながりを見ることができる。

  「仕事ばかりでなくしっかり食べなだめだよ」と配給された3つのおにぎりの内一つをカメラマンに差し出すおばあさん。丁寧に断ると「おこうこお食べ・・・」と。「両親ことも気遣ってやらねばいけないよ」とカメラマンを諭すおばあさん。・・・
 ぐったりした3歳の子供を抱くお母さん。カメラマンは幼児に言う「怖いだろうけどごめんね。カメラで撮らせてね」。そして思う。「こんなつらいことを僕は写真を通して伝えなければならないんだ」と。そしてそのカメラマンは、何週間後その幼児が避難所で元気で遊ぶ姿を別の映像で見つけて安堵する・・・。
 
 行方不明になったご主人を探し…最後に乗っていたと思われる車を発見するがご主人の姿はない・・・。そこに「桃の花」と「黄色い水仙」が咲いていたという。その枝と花を摘んで牛乳瓶にさす女性のまなざし。がれきの中に並べられた泥まみれのランドセル・・・水没する車。その水面に映る空と水鳥。茫然と被災地を見る自衛隊の人たち。
 絶望の中にも人の優しさとおもいやりがある。それを取材する記者も同じ土俵に立っってる。

 取材中に起きた津波警報。取材したばかりの人に、その警報を知らせるために躍起になる記者。そして避難してきたその人を見つけ・・・。彼らはカメラマンに向かって言ったという。「我々は、きちんと生き抜きます」と。
 大震災の翌日の未明、懐中電灯の光の中で生まれたという赤ちゃんを抱くお母さんの美しさ・・・と安堵した表情。その写真を撮ったカメラマンもきっと同じ気持ちだったのだろう。

 写真だけでは伝えきれなかったカメラマンの思いが、短い文章となって展示されている写真展は珍しい。そこにはこの災害を取材した取材者の気持ちがあふていた。

    4月28日まで。東京千代田区大手町 1-3-7 日本経済新聞社2階スペースニオ。

 


 
 
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2011年04月10日

[拡散希望]「記憶・忘れてはいけない事」写真展

 現在、東京・高円寺で原発反対デモが行われているらしい。その状況は、ustreamで実況されてるという。参加者5千人とも、1万人とも。ustreamを開いてみると、なるほど若い人たちのデモが実況されていた。この情報はツイッター情報である。

 ツイッターを始めてからまだ2週間ぐらいしかたっていなけれども、確かにいろいろな情報が入ってくる。身近な人(百子の場合は息子たち)をフォーローしているのだが、その関連で、@tmichyo も何十人かにフォローされてもいる。
さらに、日経新聞、毎日新聞のツイッターをフォローしているので、新聞情報もいち早く入ってくる。もちろん気になる有名人のツイッターをフォローすることもできる。百子は、ソフトバンクの孫さん、糸井重里さんなどをフォローさせてもらっている。

 まだまだ使いこなすことはできないけれど、なかなか面白いし、役に立つ。
 そこで・・・今朝、俳句の師匠から届いた、日経本社で行われている写真展の情報を、ツイッターで拡散してもらった。(この写真展へは、明日行く予定。)多くの人たちに見てもらいたい写真展である。

      東日本大震災 報道写真ギャラリー 「記憶・忘れてはいけない事」
         東京・大手町日経新聞東京本社2階 入場無料

 日経の写真部記者が、自分たちが撮った写真で震災を知ってほしいとの思いから、急きょ企画。新聞社の他部の人たちなどの協力のもと、パネルも展示もすべて手作り。お金がかかるプリントは富士フィルムが無料提供したという。涙をすすりながら見入る人たちであふれているという。新聞紙上でも告知されたらしいが・・・。
 先輩のメールには、「百子さんも、ぜひブログで案内してください」という一言が付け加えられていた。
 そのメールを読んですぐ、ツイッターに書き込み、息子から[拡散]してもらったのである。

 その[拡散]でどれほどの人たちに届いたか・・・ぜひ多くの人たちに見てほしい写真展だと思う。
 百子は明日行きます。







    
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2011年04月06日

原発2

 先に紹介した、孫さんと原発技術者の方々のお話し(現在:http://www.ustream.tv でコピーが見られます)を聞いてから、なんだか心の中がざわついている。技術者の方々の情報もネットで調べてみたりしている。お二人とも民間の企業のご出身。
 今まで余り関心がなかった原発。放射能のこと。それらが毎日の報道を聞きながら、今までと違った感覚や視点で聞くようになっている。そんなこともあって、ちょっと仕事の方が小休止の今日、改めて再生して視聴してみた。うーん。やはり勉強になる。

 「ただちに健康には害はない」と繰り返される報道。でも放射能の、たとえばセシウムなどは体内に蓄積されていく。だからこのままの状態が続けば、何年か、何十年先には影響が出るのではないのだろうか・・・。プルトニウムなどは半減するのに2万数千年かかるらしいから・・・、その頃人類はどうなっているのだろうと、想像もつかないけれど。まぁ百子はそんなに長生きしないだろうからいいけど、これから子供を持って育てていくお母さんたちには切実な問題だ。

 なぜこんなことになっちゃうのだろう。やはり情報の出し方ではないか。フランスでは、セシウムが気流に乗って流れていく情報を世界規模の情報として毎日出しているという。それをやはり孫さんは、自分のサイトとリンクを張って日本でも見られるようにしようと、すぐに手を尽くしたらしい(ツイッター情報)。
 都内では放射能の濃度が、町の大型パネルで流されるようになったとか・・・スゴイ進歩だ。
 でも、本当に知りたいのは、放射能のどんな要素がどれぐらいの数値で今ばらまかれていて、それが長期的に見てどんな風に人体や、海、土壌、そしてそこで育てられる食べ物などに影響して行くということだ。たとえばセシウムや、空恐ろしいプルトニウム・・・。
 
 そんな点では、外国で報道されている日本について情報(原発についての情報)の方が、正確なのではないかと疑ってしまう(過激すぎる、大げさという見方もあるが)。要するに今の日本の報道は、人々にパニックを起こさないようにしているということは分かるが、少々楽観的やすぎませんか。などと・・・・。






  
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2011年04月04日

原発

 昨晩、ソフトバンクが発信している映像を見た。(ツイッターで流れていたのをPCで再生したもの、で、百子にはそれがなんであるかよく分からないのだが・・・息子がセットしてくれたので・・・http://usutre.am/bNTjhttp://usure/:VGoo)ソフトバンクの孫さんと(100億円を震災に寄付したという情報が同時に流れた)、田原総一郎氏、そして原発の設計者2名の対談。ショックだった。そのお一人田中三彦氏は、技術者らしい論理的な話し方で特に分かりやすく、今福島原発で何が起こっていて、どれほど大きな危機がせまっているのか、十分?に理解できた(つもりである)。発電を行うシステムから体系的に話されたので、原子炉の冷却水の循環なども納得できた。
 さらに設計上、どんな状況になると、どこの安全弁が働くのか、段階的なお話もあった。

 設計者であるお二人がおっしゃる共通なことは、@事故は発生した時からの情報が十分開示されていないから、設計者としての立場でも正確な分析ができない。だから今どんな状況なのかの推測しかできないAどうもTV等の解説者は、現在の状況は「安全範囲」であると強調し過ぎるのではないか・・・。本当はもっと危機的な状況が予測できるのだが・・・というようなことだったと思う。原発を設計したお二人だからこそ聞けるお話しだった。
 だからといって、ではその原発をどうしたらいいか?どうこの危機を収めるのか…と言うことになると、そのお二人や、田原さんや、孫さんはどうすることもできない・・・。ただ、東電と政府と原子力保安院と原子力安全委員会などの英知だけが頼りなのだ。

 設計上、ありとあらゆる非常事態を考えて、こうなったら、こうして、これが起こったらこうしてその危機を阻止する。そうやって設計した原子炉であっても、人間の予想もできない、自然の力には打ち勝てないのではないか…。設計者である田中氏はこんなことを言っていた。「太陽の光よりも何倍も強い光を発するものを作りだすなど、人間の傲慢さではないか。私はそれに気づいたときに原発の設計から手を引きました」。「自然界には存在もしない物資(プルトニウム)など作り出してはいけないのです」。

 そして最後には「人は会社で働くけれど、会社人であってはいけない。社会人でなければ」と。
すなわち、会社の利益のために働くのではなく、広く社会のことを考えて自分の仕事をしなければいけない。と。社会、それは原発のことからいえば、周辺の人たちのことであり、さらには世界の人たちのことであり、海であったり、空気、そう地球全体の事なのだ。半減するのに、何十年もかかるセシウムなどを飛び散らかして、そして、自分の子供ばかりではなく何代も続く地球の人類への負の土産など残してはいけないのだ・・・・。

 考えさせられる対談だった。一つだけ。田原さんの話の腰を折るような突っ込みや、しったか?が気になったなぁ。





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2011年04月01日

4月1日が終わっちゃう。

 新年度の一日目。本来なら入学式なのだが、今年は中止。そこで山種美術館に出向き、浮世絵を鑑賞。ボストン美術館から来た品目。
 その後、目黒の八芳苑で恒例の花見の宴。短大の時の先生方と。昨年の今日は、桜は散り際だったのだけれども、今日は一分か二分咲き。いつもは外で食前酒がふるまわれるのだけれども、今年は無し。会場も去年の半分。桜が遅いからなのか、自粛なのか・・・当然コストパフォーマンスは悪くなり、去年はローストビーフだったけれども、今年は豚の三枚ばら肉のロースト(これってひどくない?)。ビュッフェスタイルなのだが、並ぶ料理も何だか去年と比べると悲しい。値段も自粛ならいいのだけれども・・・。
 で、話題は震災の事ばかり・・・。そうして被災された方々を思うと何だか申し訳ない気持ちが一杯。同僚の先生は、勤続20周年で今日表彰されたらしいのだが、そのお祝いの休暇を「ボランティアで東北に行こうかしら・・・」などとのたまう。うーん。

 久しぶりに恵比寿の街を歩いて、百子にとっては「当たる」宝くじ売り場でスクラッチくじを購入。でもだめだったぁ。当たったら必ず災害募金に寄付しようと心に決めていたのに…ならその分買わずに寄付すればよかったと後悔。時間つぶしにフルーツパーラーで、紅茶とケーキのセット。食べすぎだぁ。その分寄付すればよかった…と重たくなったお腹を気にしながら後悔。

 とまぁ、こんな風にいつもながらの日常が始まったように見える4月1日。違うのは、いつも心の中のどこかに、震災の事があり、被災された方々のことがあり、放射能の事がある事だ。あと何年かかるだろう・・・。昔のように活気がある日々が戻るのは・・・。
 
 どんな過ごし方をしても、一日は終わり、朝が来る。4月1日もあと一時間で終わり。
 こんな時だからこそ、自分のなすべきことを、一日一日を充実して終わりたい、と思う。
 
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2011年03月31日

3月31日

 3月が終わる。今日は31日。大学時代の友人にこの日が誕生日の人がいた。彼女はどんな気持ちで今日の誕生日を迎えただろう。お孫さんに囲まれながらも、ご自分の仕事を続けていらっしゃる。たしか、学習添削の仕事。久しくお会いしていないけれど、「おめでとう」。やっと百子と同じ年になったね。

 「どこまでも春」の朝。寝坊をしてしまった。昨日は久しぶりの出勤。一日バタバタと過ぎた。体が慣れていないのだ。
 窓から見る外は、まぶしいほどの春の日差し。雲ひとつない。そして薄青色。この空に薄紅色の桜が重なったらどんなに美しいだろう。暖かいだろう。そして、心が弾むだろう。・・・・・・・・。

 昨日同じ職場の短大では、学生たちへの「学位授与」がクラスごとに行われていた。中止になった卒業式の代わりである。久しぶりに顔を合わせた学生たちのにぎやかなこと。「先生、一緒に写真撮ろー」という学生の声は、いつもの卒業式とおんなじだ。
 2部(社会人対象の夜間コース)担当のある先生の元には、学生手書きの「祝・学位授与式」との大きな張り紙が・・・。筆がのびやかに踊っているすばらしい「書」だ。手作り。自分たちの門出を自分たちで祝おうとするその気持ちに涙する。卒業式はなくなってしまったたけれど、こんな時に、卒業という節目を迎えた事はいつまでも心の中に残るだろう。そうして、そんな学生を送り出す、先生方の暖かさ・・・。
 そして、今年で職場を去られる先生、学校を辞めて英国に留学されるとい先生がご挨拶に・・・。先生、ありがとうございました。そして頑張ってください。

 百子は、変更せざるを得なくなった、新入生ガイダンス等のスケジュール確認のためのミーティング。そして学部に関係する震災被害等の報告会。同じ大学の別の学部は、授業開始が5月2日になったとか・・・。これは立地の違いによる。郊外にあるので計画停電、そして交通手段の関連らしい。ということは、連休返上?先生方、大変だぁ。
 さらに、この夏に行われるかもしれない計画停電の対策協議。(ちょうど期末の試験の時が7月の末にかかるのである。ひょっとして授業が予定通り続かないかもしれないのだ)。
 本年度の授業進行は、変則的にならざるを得ない。

 学校の3月は、古い年度と新しい年度の端境期。去っていく人、迎える人。捨てる物、準備・用意する物。
 百子は、研究室の昨年度の書類を整理し、捨て、新しい年度に必要な物を出した。揃えた。4月1日の入学式は中止になった。新入生と顔を合わせるのは、来週の月曜日。4月4日である。担当するゼミ学生の名簿は、机の上にきちんと置いてある。





 
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2011年03月29日

「言葉の力」

 体と神経が非日常の中に閉じこもってしまったらしい。気がつけば2週間が過ぎ、硬かった桜のつぼみもひらき始めた。春は確実に来ている。どれだけこの春の暖かな風が欲しかったか。

 友人の多くは、計画停電、困難な交通事情の中でも仕事場に通い続けている。できるだけの日常を維持している。
 ぐずぐずしている暇はない。いつまでも、テレビにかじりついているわけにはいかない。ジタバタしても仕方ない。多くの被災者の人たちの心に寄り添い、自分ができる事を実践しよう。日常を取り戻そう。

 昨晩NHKの「プロフェッショナル」を見た。ツイッターで前評判が高かったからだ。心に残る一言。自分を奮い立たせる人生の銘。その言葉を心の中で反芻しながら、それぞれの人生が成り立っていた。
 では、百子の、生きるための心の中の言葉は何だろう。画面を見ながら考えた。
 「努力を続ければ(がんばり続ければ)いつか必ず結果がでる。必ず道が見つかる」かな。そしてある人の映像に共感した。
 「求めなければ道は見つからない」。
 求めるのは希望。明るい未来、楽しそうに生きている自分。そしてみんな。

 さぁ、今日は新学期の準備。授業準備。そして明日は、職場の研究室を新学期モードに片づけなければいけない。そして打ち合わせ。





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2011年03月27日

静かで怖い日曜日

 例年なら「花冷え」というような日曜日。でも今年はまだ桜は咲いていない。3月もうわずか。例年なら卒業式も終わり、新年度に向けての準備が始まる気ぜわしい頃なのだが、なぜか今年はその気力がない。原発事故のニュースをみれば気が滅入り、買い物に行けば野菜の産地が気になり…どのデパートも、スーパーも照明が減っただけで、何だかうらぶれて見えたりする。人の出も少ない。
 救いは高校野球の選手のすがすがしい若さだけか。こんな時、スポーツは本当に癒される(プロ野球セリーグの対応は情けなかったけれど)今度行われる日本代表チームのサッカー試合も楽しみだ。

 さっき、ニュースで原発事故の放射能を含んだ水の放射線数値を淡々と流していた。
 一万倍の強さとはどんなものなのか。ツイッターでは、東電がプルトニウムの測定器を持っていないという情報が流され、結果プルトニウムの測定がされていないということがテレビで議論されたという。
 ニュースでは、放射能を含む水がどこから出ているのか、不明だという。保安院は原子炉はどこも「破壊」されてないという。
 そのあと出てきた学者先生は、「破壊」されている可能性が高いという。
 友人のブログではフランスの研究機関が発表した、今回の事故による放射能拡散シュミレーショの映像が、you-tubuから転載されていた。もはや日本だけの問題ではない。
 ニュースでは、放射能は野菜も水も問題ない、と流す。乳児も飲んでよろしいと。
 その一方で、水道水以外の飲料水があるなら、そちらを飲ませた方がいいという。ええい!。一体真実はどこにあるのか。正確な情報を、隠さず分かりやすく流せ・・・。

 静かな日曜日。皆ひっそりと息をひそめているようだ。放射能の訳の分らぬ数値におびえているかのように。

 
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2011年03月24日

桜よ早く咲け!

 去年の今頃は桜が咲き始めていた。それに比べて今朝の今日この寒さよ。待ち遠しい春。暖かな風。一斉に芽吹く緑。新入生の弾んだ声、新しい教科書の匂い。早く早く…そんな季節が始まるように・・・

 NPO法人双牛舎では、メンバーの地震(なゐ)句を集めてブログにアップしている。(双牛舎 みんなの俳句 と検索してください)
この季節の変わり目にありながら、俳句を作るには格好の季節ながら、今年はそんな心境にならない。俳句とは何ぞや、俳句は心の平穏の時しか詠めない所詮道楽かなどと葛藤されていたらしい、主宰する双牛舎代表の俳句の師匠たちの発案で始められた。毎日メンバーから数多くの句が集まっているらしい。あの大津波の惨状を、また被災した人々に寄せる心情を俳句によって表した俳句が、1日2句づつアップされている。みな悲しんで思い気持ちを引きずっているんだ。

 こんな時、人々の心に少しでもほっとする気持ちが持てるように、季節に希望を求めてはいけないか。桜よ早く咲け。人々の心にほんの一瞬でも笑顔が戻るように。花のかほりに人々が癒されるように。
 





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2011年03月23日

「学ぶ」ということ

 卒業生からメールをいただきました。その卒業生とは、百子が短大に入職した夏、卒業生対象のイベントでお会いしているようなのですが、はっきりした記憶がありません(ごめんなさい)そしてその後、拙書「女36歳からでもキャリアが作れる」が出版された記念の講演会にも、来てくださったようです。
 
 その時、彼女は、『いろいろともやもやしていることが多かった』とのことで、私にこんな言葉をぶつけたようです。
『誰かに(専門的なカウンセラー)に相談しようにも、自分の思ったことをうまく伝えられそうにもないし、理解してもらえる人もいそうもない』。
 百子はこんな風に答えたそうです。「だったらあなたが、自分自身のカウンセラーになればいいのよ!」。
 そしてその卒業生は、その言葉に触発されて大学の通信教育で学び、学士の称号を得るとともに、産業カウンセラーの資格まで合格したというのです。
 『まだまだ模索することは多いけれども、まずは自分自身のカウンセラーになり、その経験を他の人に生かして行きたい』とメールは結ばれていました。

 こんな嬉しいメールです。思わぬ一言がその人の人生を変えてしまうこともある、そんな怖い立場に自分は置かれているのだという事も十分認識しました。でも嬉しかった。
 
 自分のおかれた状況を客観的に見る。自分で自分の心を分析しコントロールする。それにはやはり、新しい学問や知識を「学ぶ」ということも重要なのです。それが人生の糧になるのではないでしょうか。

 今朝、ある学生からメールが入っていました。「大学をやめて自分のやりたいことをしたい」。と。
 今しかできない事もあるかもしれないけど、「学ぶ」ことを放棄してほしくないな、と強く思いました。またいつか必ず学校に戻ってきてほしい。
 それだけは伝えました。




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2011年03月21日

災害11日目

 なかなか自分自身の生活に戻れない。先日「心を寄せることは大事だ・・・しかしそれぞれがしなければいけない事がある。自分は何ができるか、自身の立場で考えて行動しなければならない」と書いた。
 なのに、気がつけば依然とテレビの前にくぎ付けになっている自分がいる。情報を得ることは大事だけれども、冷静に今回の災害について考え、そして自分のできることを模索しながら普段通りの生活をしなければいけない。だから付和雷同に買占めなどに走ってはいけないのだ。

 被災者の方々へのインタビューを見るにつけ思う。人の心の緊張状態は一週間もすれば破綻する。気丈に振舞っていてもそれは長く続かない。そのあとに来るのは疲れと、無気力感だろう。・・・
 悲しみには涙を流した方がいい。辛かったら「つらい」「助けて」といっていい。そんな心を皆が支えたいと思っているはずだ。
 私も自分自身の立場で、被災された方々の心に寄り添い行動しようと思う。それがどういうことなのか・・・いまも模索中なのだが・・・。

 今日は朝から静かな、そして冷たい雨が降っている。朝から普段通りの生活をしようと、テレビを消した。情報を得るのは(テレビを見るのは)ある程度時間を決めて。そして本を持ち出して・・・少し勉強と思ったのだけれども・・・。
卒業式、入学式、オリエンテーションキャンプは中止となった。自宅待機が続く。このたっぷりある時間を、自分がしなければならない仕事に使おうと思う。
 被災者の方々に心を寄せる事を忘れずに、ひと事だと思わずに、自分が今回の惨事に何ができるかをさらに模索しながら・・・・。
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2011年03月18日

松山吟行

 あの大地震が起こったのは、愛媛・松山市に到着し、「5色ソーメン」と「鯛飯」をいただいた後、ぶらぶらと松山城に上っている時だった。まさに天守閣に登ろうと城山公園を横切っている時、仲間のワンセグに第一報が入った。
 
 東京も大変らしい、との声に仲間が一斉に携帯で連絡を取り始めた。・・・つながらない。百子も東京にいる息子に・・・つながらない、なら豊島区に住む友達はどうだとTEL。あっ、つながった。「こわーい!!!」友達の第一声だった。様子を聞くとずいぶん揺れたらしい。台所のレンジも棚から落ちたそうだ・・・。「気をつけてね」、と念を押して切る。次は息子・・・だめだぁつながらない。で、メールで安否確認。しばらくして彼から無事の知らせが入った。

 われら総勢16名。さてどうするか。これから3日間の吟行予定である。・・・
 しばらくすると、誰からともなく「帰るにしても飛行機がないかもしれないし、ここは予定通り」ということになり、市内観光、そして句会と、予定通りの旅が続いた。3月11日から14日までの旅である。
 松山ゆかりの俳人たちの句碑を廻り、最後は三津浜まで。
 
 旅の終わりごろになると、それぞれが残してきた家族のことが気になるのか、そわそわ。どうも懐中電灯が東京では品薄らしい。パンも買えないらしい…ということで、空港に行く道すがらスーパーに寄っててパンやら餅やら、野菜やらを仕入れて、もちろん懐中電灯と乾電池も仕入れて…搭乗となったのである。

 それでも句会は開催。地震(なゐ)の句も多く詠まれた。百子の句を披露しよう

   春のなゐメールとびかふ天守閣 *2点いただいた。
   句碑の文字春ゆらゆらと碧悟桐 *4点句  
         →句碑の文字ゆらゆらと春碧悟桐 のほうがいいかななどと・・・
   うららかや声出して読む子規の句碑 *3点句

 最高点は
   春の風足でつかんでリフトのる   星川佳子 *5点句(最高点)。
     松山城へ上るリフトである。やはり彼女の感性は素晴らしい。


 こうして、松山吟行の幕は下りた。




   
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2011年03月17日

ついにツイッターを始める

 今回の災害、電話もだめ、メールのだめ、唯一ツイッターが動いていたという情報がある。
 で、早速百子もツイッターを始めた。息子に設定をしてもらったのだが、なんだか訳が分からず、ちんぷんかんぷん。どうにか動かしている。災害の状況や、不明者の紹介、さらには、「pray japan」への呼びかけ。見始めるとすぐに時間がたってしまう。
なるべく、ツイッターに振り回されないように、上手に情報を発信したり、得ていきたいと思う。

  百子のツイッターは   @tmichyo です。 よろしく!
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