2011年12月02日

12月になってしまった。

 早い!速い!迅い!
 12月になってしまった。駆け足で毎日が過ぎていく。
 昨日は学校で溜まっている仕事を片付けて(半分も終わっていない)横浜・港南台へ。留守宅の郵便物、メールをチェックして病院へ。そして今日朝早く起きて仕事と思ったのだけど、6時半まで寝てしまった。昨夜は雪もちらついたところがあったようだ。急に真冬が来た。

 御蔭さまで手術を受けた本人の回復は順調。ご心配をおかけしました。まだ右目は腫れてるし、頭は痛いと言っているけれども、意識もはっきりしている。(以前より無邪気になった気がするけど・・・笑。)
 その右目の腫れ。もちろん右側のこめかみあたりから切ったのだから、当然腫れるとは思うけれど・・・実を言うとそれだけでないような気がしている。まぁそうであってもいずれは引くだろうから、今は言うまい。当然心配はないだろうから…。実は今回の処置について(手術)ちょっとひっかかるところがあるのだ。ほんの先生の一言なのだけれども・・・。

 まぁいずれにしても12月。泣いても笑っても後一カ月で 2011年は終わる。忙しかったぁ。
恒例の年末年始の家族旅行はどうしようかなどと本気で考え始めたところ、また新しい事件が・・・。二男の嫁さんが12月12日から入院、そして14日に手術とのこと。「お袋は今大変だから言うのをためらってたんだよ」と二男。ふうー。駄目出しである。
 ということで旅行はこれでお預け。都内のホテルか近場の温泉で家族ゆっくり…という年末かな?

 もう、来年の仕事のオファーが出そろい始めている。来年も忙しい。喜ぶべきか・・・・。
 まぁとにかく2011年を乗り切ろう!






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2011年11月30日

手術が終わった。

  やっと終わった。
 手術室に行くエレベータに、手を振りながら乗り込んでいってから10時間。
 ナースステーションの電話の奥から「…さんが戻りまーす」と連絡があり、それから10分後、酸素マスクと点滴を付け、顔から頭に包帯を巻き、横たわった姿で戻ってきた。うっすらと目を開けているような気がする。 ベットを引っ張る手術着のままの若い先生が、「無事終わりました」とだけ、ベットを取り巻く家族に告げてとうり通りすぎて行った。特別処理室へと消えていった。

 「『無事終わりました』確かにそう言ったわよね」と聞き返した途端力が抜けてソファぁに座り込んだ。よかった。想像されていた時間だけれども、硬いソファで過ごすこの時間は長かった。無事終わったぁ。無事なんだよね。昨日聞いた説明では、もしもの時のためにいろいろな対策が取られるとのことだったが、そのもしも、はなかったのよね。開けて見なければ、分からない事もあるなんて話だったけど、それもなかったのよね。よかった。・・・・・・・

 それからしばらくして、病室へ。意識はある。話すこともできる。頭が痛いと繰り返す。そうよね。切ったんだもの。少し我慢してね。
 そして、先生のお話があった。手術の動画を使ってである。そして出た内容は・・・。開けて見なければわからない事があった、のだ。ちょっとショックを受ける。
 そして食い入るように画像を見る。説明を聞く。そして納得。
 今後も、いままで通りの生活ができるし(「何も制限していませんでしたよね、日常生活?」「はい、お酒も飲むし飛行機にも乗ります。」と私。)さらに、くも膜下出血の危険性…すなわち瘤が破裂する危険性は、以前と比べて、格段に減ったのだから手術は成功なのだ。

 そこで知った事実。簡単に書けば、動脈が頭に入る場所があり、その場所、すなわち頭に入る前の瘤はくも膜下出血は起こさない。たとえ破裂しても治療が可能なのだそうだ。問題は、頭の中の動脈瘤。
 今回の手術は、瘤が、その境目にあり半分は骨にかかっていて、頭の外にある。だからクリッピングができなかったということらしい。しかし、しっかりと脳内にある瘤には、コーティングをしたとのことなのだ。
 まるで部品を取り扱うような画像であり、説明であった。専門的な用語を使いつつ淡々と説明してくださる話を理解しようと一心に聞いていたのだが・・・・
 一人になると怖くなった。だって頭の中でしょ。頭でしょ・・・。大変な手術よね。よかった。何も起こらなくて。よく頑張りました。
 
 その本人、ベットの上で、「おれは病人ではない。負傷者だ」って。その意気、その意気。あと少し頑張って!。







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2011年11月27日

筋肉が・・・

 年をとったと実感するのが、筋肉である。特に腕の筋肉。
 昨日は背中が痛くて、一触即発の風であった。ばりばり。朝風呂に使って筋肉をほぐし、夜、無理を言って入れてもらった近所のマッサージのお兄さんもびっくりするほどの凝りよう。さらに今回は、二の腕の痛さが極め付けであった。ん?と考えたら、2−3日前横浜から運んだ、入院の荷物。ダッフルバック一つ、そして手荷物二つ。ダッフルバックは担がなかったけれども、手荷物をぶら下げてきたのがいけなかった。

 二の腕の裏側は、若いころの筋肉が落ちで皮膚がたるんでいる。動かすとぶらぶらするぐらいだ(赤裸々でごめんなさい)。そして今度が表側。そう肩から少し下がったところ。少し残っていた筋肉が、重たいものを持って、伸び切ってしまった。そこからずうっと上に向かって肩に行き、そして裏側の肩甲骨の筋肉を引っ張って、というのがどうもマッサージのお兄さんの見たてらしい。念入りにその道筋をもみほぐしてくれた。急に体がぽかぽかとしてきもちがいい。

 昔は腕が痛い、なんていうのはあまりなかった。重たいものでも平気で持っていた。まさかそこがやられるとは・・・。歩く速さ、姿勢、などは気を使っているけれども・・・。
 寄る年なみには逆らえないというところか。今日はキャリーケースを持って、病院に行くつもりだ。
 
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2011年11月26日

看護(2)

 8時になるのを待ってメールを打った。病室で携帯は使ってはいけないらしいけれども、どうも皆さん、消音で遣っているらしい。しかし・・昨日「あれ、消音できない」と携帯をいじくる姿が・・・・。朝から携帯を鳴らすのも迷惑だろうと、朝食の時間になるまで控えていた。
 するすぐ返事が・・・「消音できたよ。」「病院の飯に飽きたら昼は一緒に院内のレストランで食べよう」だって。えっつ。まだ3食しか食べてないのに・・・。先が思いやられる。まぁそれも手術までか。今日・明日は週末だから、緊急患者でない当人は病院にいてもなにもない。ただただ、火曜日の手術を待つだけである。それまではできるだけ暇つぶしのお相手をしてあげよう。

 ところが昨日の疲れで、百子の体が危ない。昨日は帰るなり、バタンと横になって少し眠ってしまった。そして早めの就寝。いつもの時間に起きると、背中がバリバリである。ヤバイ。こんな時は何かの拍子で、背中の筋肉が悲鳴を上げる、そんな一歩手前だ。
そこで、湯船につかる事30分。どうにか体を温めていま10時。
 少し月曜日の授業準備をしようと思っていたのだけれども、どうにか目途が付きそうなので、それは、今夜の仕事に回して、これから百子がかかっている病院へ行って薬を補充してから、入院先の病院へ向かう。12時に病院の11階のレストランで待ち合わせ。昨日一人で行ったのだが、パレスホテルの直営らしい。富士山がよく見える。
 さてと。正念場。がんばろうっと。





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2011年11月25日

入院

 家人が今日入院した。朝10時までに入院するようにとの指示で重い荷物を持ってS町の駅に。入院に必要な物に関しては、「入院案内」に書かれているのだけれども、どれだけの量を持って行ったらよいのかよくわからず、結局当人の判断に任せたのが仇?。それでも下着類、フェースタオル類は、「毎日汚れものを取りに病院に行くからと」、説得して量を減らしたのだけれども、「バスタオルは、おれは使わん!今治市のタオルは吸湿がいいからそれがあればいい」との一点張り。パジャマは病院からのレンタル。まぁそれはいいでしょう。しかし、「汚れものを入れる袋を持って行った方が・・・」「バスタオルは絶対必要よ!」「風呂敷が便利だから風呂敷に包んで入れましょう」「キャリーケースの方がいいんじゃないかしら・・・」等の提案は、バッサリ却下されて、結局大きなダッフルバックを担いでの入院となった。

 しかし、入院後・・・。看護師さんからの説明で、手術用にバスタオル数枚・・・。汚れものを入れる袋も。「手術後、部屋が一時的に変わりますので、荷物をまとめて運びやすいように・・・」などの指示が。

 今日は入院と、検査。看護師さんからの入院に際しての説明と、いろいろな質問・確認。担当医の先生方(3名いらっしゃる)がご挨拶にいらっしゃるとのことだったのだけれども、「手術が長引いていて何時になるかわかりません」とのこと。当人は、重たい荷物を持っての入院に疲れたのか、レンタルのパジャマを着てベットでうとうとし始めた。そんなわけで、私は早めに病院をでて、デパートに走った。そして帰宅。入院準備のし直しである。明日はキャリーケースと風呂敷、ごみ袋などを持っていかなければならない。

 で、さっき当人からメール。「手術後の移動のために、荷物をまとめやすいように風呂敷がいるなぁ」「ダッフルバックでは移動しにくいなぁ。」だって。だから言ったでしょ。人の意見聴きなさい!入院回数では私の方が多いんだから。
 さらに
  冬茜クレーンのよぎる富士の山    てるお
だって。のんきに俳句なぞ作っている。そうなんです。その病院の窓から富士山がくっきりと、かなり大きく見えるのです。そしてその富士山の方向には、大きなクレーンが・・・。百子だってちゃんとチェックしてます!でも私は俳句どころではない!
 
 まだ、担当医の先生方はお見えにならないそうだ。手術が長引いているのかなぁ。待合室で手術が終わるのを待っているような家族の姿があった。(お母様と息子さん二人・・・)。朝からずうっと座っていらっしゃった。やはり手術は大変なんだ・・・。うーん。気が滅入るぞ。そのご家族の姿は当人も目にしているはず。
 
 うん。本人のノウテンキぶりはカモフラージュ?か。





 
 
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2011年11月23日

発散!

 昨夜は、本当に楽しい一夜だった。夕方6時半から。気がつけば10時半を回っており、さらに追加で二ー三十分。多分自由が丘を乗ったのが11時半ぐらいだっただろう。もちろん帰宅は12時半を回り・・・。
 いつもお近くにいらっしゃるのだが、お目にかかれない方との食事会であった。こんな風におしゃべりをしたのはもう何年も前のような気がする。いつも若々しくて素敵な大先輩である。
 おいしい日本食を頂き、お酒もすすみ(多分百子は3本ぐらい冷酒を飲んだ)。そのうえ、お祝いまでいただいてしまった。フクロウのピンブローチ。うひひ。素敵ですよう。

 それにしても。あんなに時間を感じさせないぐらい楽しくおしゃべりができたのは、その方のコミュニケーシションスキル?ただ聞いてくださっているわけではなく、ご自分のこともさりげなくおしゃべりしながら話題はあっちへ飛び。こっちへ飛び。
 まぁもっぱらおしゃべりは、われわれ二人で。隣に座っていた、女史は居眠りをしていたけれど。彼女どこでも寝てしまうんだ。教授会でも。それもボールペンを持ちながら。ふふふ。仕事忙しいからなぁ。今日は出勤らしいし。ごめんなさい付き合わせてしまって。
 無事出勤できたかしらん。
 そして、大先輩。いつまでもお元気でご活躍を!

 久しぶりにおしゃべりしできてとてもうれしかったです。ありがとうございました。





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2011年11月16日

時間は作るもの

 なんだかすごい勢いで仕事が湧いてきている。大学祭で休みぃ!なん思っていたら、そんなことなくて、結局先週から連日で出勤している。今日もこれから伊勢原だ。
 要するに自分で仕事を作り出しているだけなんだけれども・・・。昨年と同じ授業をしていればいいといえばそうかもしれないが、今年はこうやってみたらどうだろう、これも取り上げたい…なんて思ってしまうから授業準備が大変になるのだ。
 一応統一された簡単なマニュアルを元に全学年で進んでいる授業もあるのだけれども、ん?「キャリア」のプログラムでいきなりこれ?・・・なんて思ってしまうから、変えたくなる。変えるとなると自分で準備しなければならない・・・のだ。やっぱり「内的キャリア」から入るべきでしょう・・・などと、昔取得したキャリアカウンセラーのテキストを取り出してみたりする。
 こんな調子だから時間が足りない。

 と今日は予定外に出勤して(自宅から直接、会議がある伊勢原に行く手もあったのだが・・・)準備を終えた。月曜日の一限の授業。あとは来週火曜日の授業準備。と論作文の添削。
 えっ?ブログなんか書かないで、仕事すればって?そうなんです。でもあと10分で出かけなければならない。要は今はちょいと空いた時間。なんです。

 という調子なのに、明日からちょっと気晴らしに温泉に行く。それも長瀞と近場。女友達数人と。残りの仕事は週末にしようと思っている。マッサージをしてもらって、紅葉を見て、温泉に入って、おいしいもの食べて・・・気晴らしじゃ。忙しい忙しいと言っていては体力がまいってしまう。時間を無理に作り出すことも必要なのじゃ。忙中閑有である。

 と言っても来週からは又猛然と忙しくなる。旦那さまの入院から手術へ。そのために出さなければならなくなった休講の補講を土曜日に。そうして息子の結婚式と「書」の忘年会お稽古。今年は休むことが多かった句会の今年最後の会と忘年会。久しぶりに開催される「鍋物研究会」の総会。おっと「杖道」の忘年会もある・・・。もちろん授業は毎週。そうだ…来年度入ってくる新入生の入学前授業も今年から12月の週末に入ったんだ・・・。

 あぁ。今年いっぱい息き抜く暇なし。そのためにも、あと一か月がんばれるように明日からの「湯治」に期待しよう。活力を蓄えてこよう。
 あぁもう出発の時間だ・・・



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2011年11月13日

卒業生

 秋晴れの日曜日。学園祭というか大学祭2日目。学校に向かう地下鉄を降りたところで同僚から電話があった。
 「短大の卒業生が先生にあいにきてますよぉ。学校にはいらっしゃらないのですか」と。
 「あと30分でそちらにつきます」。

 今年、卒業して5年目にという。小さな坊やを連れた卒業生二人。そのうちの一人はまだ仕事を継続中とのこと。今は時短勤務。
 二人目がおなかにいるというもう一人は「私何もしてなくて…ただだ子育てだけ。そのうちこの子たちが大きくなったら皆のように社会に出る!」と頼もしい発言。
 ホテルに就職した卒業生3人は3人ともホテルを辞めて転職していた。やっぱりホテルは厳しいのか・・・。
 大手銀行に就職した一人は、それでも現在転職活動中とのこと。そのバンク。統合や人員削減が先日ニュースになっていた。っけ。
 今マスコミをにぎわしている、大手メーカーに勤めた彼女が心配だったけれど・・・。それも財務部!話を聞きたかったけれども、今日は、資格検定試験の手伝いとのことで会えずじまい。でも結婚したらしい。えっつ?同じ会社の人?いや警察官。そうか前つきあっている人が警察官だって言っていたなぁ。よかった。
 などと話を聞きながら、再会を約束して別れた。同じクラスだった友達との楽しそうなおしゃべりは続いていたけれど・・・。

 「先生の本読みましたよ。ほんと元気が出ました。子供を育てながら私も仕事続けていきます!」銀行に勤める卒業生の言葉に・・・。そうか、あの本は在学中の彼女らにはまだ早すぎたかもしれないけれど、これからの人生、何かあったときにぜひ読み返して、そしてまた会いに来てほしいな・・・と嬉しくなった。
 
 まだ窓の外では、楽しそうな学生たちの歓声が響いている。大学時代をどう過ごすか。どんな友と出会えるか・・・。それを生涯の財産にして欲しいとつくづく思う。



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2011年11月10日

法要

  昨日は父の33回忌であった。
 群馬県・苗が島にある「霊松山歓喜院金剛寺」に姉・兄たちと集まり、33回忌の法要を行った。

 群馬県赤城山ろくにある、このお寺さんに向かう道すがらから見る景色は、秋・秋・秋。田圃の片隅に咲き乱れる色とりどりの小菊。農家の庭先にたわわになる柿。色づき始めた雑木林・・・。ちょっと肌寒い風。一年で一番”色”が多い季節なのだろう。何だかほっとするような懐かしいような静かな景色が広がっていた。
 こんな季節に父は逝った。命日は11月9日。まさしく昨日。

 たまに訪れるこのお寺。調べてみるとだいぶ古いらしい。本堂の天井に書かれた絵図。欄間に描かれているのは、「二十四孝」の話だという。12月になると本堂は、ストーブを焚いても冷え冷えするらしい。本来は、天井までの大きな「たて戸」があって、3つの部屋に分かれていたらしいが、学童疎開の子供たちを預かった時、その「たて戸」をはずし、暖を取るために燃やしてしまったと住職は話していた。だから本堂は、がらんとしている。
 境内にある大きなしだれ桜の木はもう葉を落とし、すっかりと冬の準備を整えていた。

 次回あの寺に行くのは、調べ物の材料が整ったときになるだろう。家の系図を調べてみたいと思っている。

 そしてつらつら考えた。ひょっとして今年は父の生誕100年目に当たるのではないかと。家に帰り父が生まれた明治44年、そして大正・昭和・平成へと続く年表を計算して・・・やはりそうだった。今年の3月29日は父の生誕100年目にあたっていた。何と親不孝な娘であろう・・・。気が付かなくて。
 きっと墓の中で、苦笑いしているだろう。決して自己主張することなく淡々と生きてきたような父だったと思っている。「やっと気がついてくれたのか」などと言って。ごめん。

 父・百耕の33回忌に寄せて
   どてら着る後ろ姿や百耕忌    高井百子
   ぬくめ酒田楽捧ぐ百耕忌       てる夫

   牙のなき犀の顔してぬくめ酒   高井百耕
 私の好きな父の句である。父と俳句談義をしてみたかったな、などと思っている。父が逝ってしまったのは、百子が30歳の時だった。コスタリカに発ったばかりの時で、百子は父の葬儀にも立ち会っていない。






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2011年10月31日

天才の日?サギプリとは・・・

 今日は「天才の日」だそうだ。10(テン)月31(サイ)日~からかぁ。まさか天災?ではないよねぇ。

 ごろ合わせも若者言葉?
 そういえば、サギプリという言葉があるらしい。詐欺プリと書いてもわからない。詐欺プリクラと書かれてもわからなかった。で、今日判明。要するに、修正しまくった写真(本物と全く違う)のことらしい。たとえば目を大きくしたり、鼻を高くしたり…丸顔にしたり…それができるプリクラがあるらしいのだ。
 写真を見たあと本物を見て、「えっつ、あの写真詐欺プリ?なの」とか言うらしい。
 まったくもってわからん。

 ということで、大学祭に出展する我ゼミのキャッチコピーは「ヤング ワーズ リサーチ ワズ」 と決まったらしい。??・??
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2011年10月30日

来年の予定

 今年の年始には、おみくじをひかなかった。昨年、一昨年の元旦、旅行先で引いたおみくじが、いずれも「大吉」だったからだ。まさか3年続けて「大吉」を引けるはずがない。過去2回の「大吉」のご利益に感謝しながらこの一年を過ごそうと思ったからだ。
そうしてこの一年も、もう今週には11月に入る。残り2ケ月。全く以て恙無く一年が過ぎていくようだ。あと2ケ月、この調子で過ぎてくれるといい。あと2ケ月。大きな行事は、旦那様の脳動脈瘤の手術と、三男の結婚式。そうだ来週には亡父の三十三回忌がある。
 やっぱり今年は忙しい(忙しかった)。

 そして・・・。来年の事を言うと鬼に笑われそうだけれども。昨日郵便で、通信教育・スクーリングの来年度のスケジュールが届いた。えっつ。こんなに回数が多い・・・・。来年は、所属している学部に新設されるコースの専門科目を担当するように、なんだか春ごろ依頼されたような気がする(来月の会議ではっきりするのだが)。依頼された仕事は断らない主義の百子だから、「はい。頑張ります」などと調子よく引きうけたはずだ。担当するコマ数が増えるばかりでなく、多くの週末はスクーリングでつぶれることになる。
 
 だけれども、最近なんだか、体というか精神的にしんどくなってきて、今持っている授業のコマ数を来年は、少し減らしてほしいなぁ、などと思っい始めている。多分後2年で専任が外れるだろうし、今の生活をもう少し、ゆったりしたペースに持っていきたいなぁなどと、弱気をはいていたのだ。
 さぁ、どうする、この仕事。
 
 最後のご奉公、などときれいごとを言うつもりはない。
 これからの、一人の人生をどう生きようかなどと考えていた時は、少なくとも70歳までは仕事を続けよう。暇を持て余して意地悪ばあさんになるよりは、老体に鞭打って働き続けよう。老後の資金作りもしなければならない。などと本気で考えていた。自分の余生は、それからでも10年ぐらいはあるのではないか。その10年を豊かに過ごすために、などと考えていた。だから依頼される仕事があるうちはそれを断らない、を主義としていたのだ。
 
 しかし、人生何が起こるか分からない。がむしゃらに働いて、あっという間に死んでしまうこともあるかもしれない。なら、元気なうちに今をゆったりと過ごしてもいいのではないか・・と、今思い始めていることも事実である。
 
 でもねぇ。これって、たぶん百子の性格。ようするに、飽き始めて来たのかも。などと心のどっかから声がする。
 同じ仕事を継続することが苦手なのだ。違うステージに立ちたいってこと。ある程度やっている仕事の目途が立つと違う仕事がしたくなる・・・そんな性格から来ているだ。その周期はたぶん3-4年。学部に移ってから来年で4年目になる。
 依頼される仕事でなくて、自分で開発する仕事。
 もうこの辺で終わりにしなくてはね。と思いつつ違うステージを考え始めている自分がどっかにいる。こんな年齢なのに。
 
 来年はそんな夢がかなう一年になるだろうか・・・。日常に追いまくられる一年で終わるのだろうか・・・。
 来年の元旦には、おみくじを引いてみよう。と思っている。








 
 
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2011年10月27日

秋の日の愚痴

  秋晴れ。朝から俳句、それも駄句ばかり浮かぶ。次回の兼題は「障子」と「立冬」。
 
 そう言えば、昨日「木枯らし第一号」が吹いた。木枯らしは、一度吹いたからといって、そのまま冬に突入するわけではないそうだ。冬がくることを忘れたような気温が続くと思ったら、次の日には木枯らしが吹く、というように思い出したように何回も繰り返しながらいつも間にか冬になる・・・ということらしい。まだらボケ?のように・・・なんてね。そんな句を作っちゃいけない。などと・・・

 今、大学祭のパネルセッションのテーマを「若者ことば」ということで、学生に調査なりアンケートなりをしてもらっている。と言っても、一年生。調査が何であるのかも明確ではなく、自分たちは何を調べたいのかもあやふやで、なんとも心もとない。データ集計のラフさに、思わず怒りがこみ上げてきそうでもある。しかしぐっと我慢して。丁寧に・・・なぜ、こうなるの?と学生に問う。
 このプログラム、アウトプットの質を問うものではなく、みんなで何か一つの事を考えさせながら協力して作り上げるということが目的なので、カリカリしないように学生を信じていよう。いよう、と思いつつも、胃が痛くなる。失敗させるのも、そこから学ばせるのも、今の段階では大事なのだ。何でも、教員の指示に従っていればいいなどという姿勢を、もたれては困る。自分で考えて動く・・・。これが大事。それがこのプログラムの目的、と何度も自分自身に言い聞かせ、学生の動きを見ている。こんな状態は短大で教えていた時以来だ。

 短大と学部の授業の違いと言えば、こればかりではない。短大では、コースによっては複数のクラスがある。必修科目であれば、同じ内容で同じ成果を上げられるように、プログラムがしっかり決められている。だから、一つの教科のプログラムを開発し、マニュアルを作れば、半年なり1年間の授業が順調に進んでいった。こんな教科というか科目がいくつもあった。中には、全学年十数クラスが、同じマニュアルで進んでいく科目もある。先生方は毎週と言っていいほどミーティングをしながら、お互いの進捗状況を確認し合う。
 しかし学部は、先生方の裁量にゆだねられる授業が多い。今やっている大学祭の出展プログラムを抱える一年生のゼミにも、一応きめられたプログラムがあるのだが、短大と比べると極めてラフで、多くの先生がご自分のプログラムに書き換えて展開しているらしい。最終、科目の「ディプロマポリシー」が達成されればいいということか。
 だから、いつも考え込んでしまう。「このやり方でいいのだろうか」と。学部で教鞭をとり始めてから3年目になってもだ。

 単独で任される科目も同じだ。学校から指定されるディプロマポリシー(到達目標)に合わせて授業内容を決め、授業方法を考え展開していく。知識を教える科目はそれなりに、「座学」でも「ねむらせないように」工夫すればいいのだが、「態度・行動を開発する、気付かせる」などという目標は、ハタと考え込んでしまう。特に「ビジネス実務」に関する科目群がそれに当たる。
 さて、さて何をどういうふうに進めようか・・・一年目に作ったプログラムを2年目に再度作りなおして、さらに今、またそれを直してと試行錯誤で授業を進めているから、自宅研究日である今日みたいな日でも、なんだか、すっきりした気分で秋の日差しを楽しめないでいる。授業が準備した通りに順調に進んでいると、少しは気分がいいのだけれども。
 何と言っても、今の大学には学生の「授業評価」なるものがあって、結構それが教員の大きなプレッシャーになっているんだ。
 
 さてと、こんな風に愚痴っぽいことを書いていないで、ちょっと気分転換。外出してきます。仕事のこと忘れて。今日は「お多幸」のおでんを食べる約束があるのです。体の疲れはまだすっきりととれていなのだけど、デパートでウインドウショッピングしてから日本橋に向かいます。2次会は「があどした」。ワインの店です。






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2011年10月21日

皇后さまのお言葉

 今朝の日経の「春秋」に、喜寿を迎えられた皇后さまのお言葉が、取り上げられていた。

 お誕生日を迎えられた今年、文書で寄せられたお言葉の中に「しんどい」という表現があったという。去年のお言葉の中には「のろい」というお言葉も。さらに3年前のオリンピック。水泳の北島康介の「なんもいへぬ」という言葉を短歌にお読みになったという。
 「春秋」の筆者は「皇室に縁遠かった言葉…に表現者と挑んでいこうという静かな覚悟と勇気を皇后さまに感じる」、と締め切っている。

 確かに、「体を動かすのが緩慢になり・・・」と書くよりは「体の動きがのろくなり・・・」書く方がより皇后さまのお気持ちが身近に伝わってくる。多くの人たちが皇后さまのお体の状況を、自分のことのように感じ共感を生むだろう。「のろい」という言葉が、我々にとって日常的な言葉だからだ。
 「しんどい」はどうだろうか。
 「しんどい」という言葉を百子が知ったのは、20代の頃に勤務した大阪であった。「しんどい」という言葉は今でこそ全国共通言葉のような気がするが、当時北関東の片隅で育った身としては、新鮮な響きがあった。「話し言葉」である。
 それまで、これに代わる言葉として「疲れた」という言葉を使っていた。しかし、「疲れた」「疲れる」では、何だか、ある一点(一時)の事実を言っているだけのように感じる。それに対して「しんどい」は、「疲れた」「疲れる」という事実の後の体の、あるいは心の状態を現在進行形で言っているような意味を感じる。「体が(心が)疲れていて耐えがたい、つらいという状態」とでもいうのだろうか。
しかし、「体がつらい」と言ってしまうと何だかきつい言い方になり、それではすぐに治療を対策を・・・などという話になりかねない。
なんとも、なんだか曖昧さを感じるこの大阪弁「しんどい」という「話し言葉」を知って以来、大阪を離れた今でも百子はよく使う。
 皇后さまも、そんな風にお感じになって「しんどい」という言葉を使われたのだろうか。

  言葉は、時代と共に変わっている。皇后さまが分かりやすく、多くの人に共感を生み出すようなお言葉を使われて文章を表現されたことは、「日本語はもっと自由に使っていいのだ」と書く「春秋」の筆者と同じ感想をもった。

 それにしても皇后さまの北島康介の言葉「なんもいへぬ」を読み込まれた短歌。・・・・・・。
皇后さまが俳句を詠まれたらどんな俳句が生まれてくるのか・・・ぜひお詠みになってほしいものだなどと思う。



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2011年10月14日

徒然に

 珍しく火曜日から自宅にこもっていた。仕事の予定もあったのだが、別にこれと言って外出の予定はなく自宅で過ごす・・・。ゆっくり起きて、好きなものをつまみながらぼんやりし、ふと気がついて掃除をしたり、洗濯をしたり。2日間ほどは仕事をしたが、今日などは、少々手持無沙汰で、かといって掃除をする気にはならず、だらだらと過ごしている。
 あっつそうか、さっき薬が切れたので医者へ行った。2週間に一回行く。ただ薬をもらって血圧を測って(今日は聴診器をあてたなぁ)「お変りありませんか」って聞かれるだけなのだけれども。1か月分薬を出してくれてもいいと思うけど、近くだし、診察の手際がいいので、まぁいいかぁと思っている。

 さっき、新潟から「コシヒカリ」の新米が届いた。「豊彦さん」が今年は完全無農薬に挑戦したらしい。だから少々高くなった。でも百貨店で、コシヒカリの新米を買うよりはるかに安いと思う。「今年の新米は、少々柔らかめに炊いた方がおいしいと思います」と、手紙が添えられていた。奥様の字らしい。やさしい筆使いだ。早速息子どもに連絡して、5kgづつ分けてやろう。
 今夜は、お習字のお稽古で出かけるから、この新米を食するのは明日かな?
 母が作った「古い梅干し」をある人に分けてあげようと出してあるので、久しぶりに母の梅干しで、おにぎりでも作ろうか。

 空は雲が広がってしまった。夜にかけて雨が降るらしい。外からは、パンの移動販売車が流す音楽が・・・、少々うるさい。
 すっかり日が陰ってしまったから、次回の句会の兼題「障子」の句が浮かばない。「障子」越しに日差しを感じて、俳句を作ろうと思っていたのに。それに少々湿気が多くなり始め蒸し暑くなってきた。27度ぐらいになるそうだ。それでは「立冬」の句などもできるはずがない。俳句はあきらめて。。。さて何をしようかな?一人の昼下がり。

 そうだ、さっきyahooメールに拙書「女36歳からでもキャリアは作れる」を読んだという方からメールを頂いた。もう50歳に近い同窓生らしい。臨床心理士とのこと。ご返事を書かなくちゃ。
 拙書、もうアマゾンでは在庫が無くなったらしいが、こうやってどこかで見つけて読んで下る方がいらっしゃると嬉しい。
 そう言えば、昨年百子も出演したNHKの「ドラクロワ」、第2弾の番組が今夜から始まるらしい。新聞によると、一時間半番組になっている。えっつ。随分昇格したもんだ。

 などと、ブログを書きながら時間をつぶしている。友人や息子から「facebook」を始めろと進められているのだけれども・・・。








 
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2011年10月11日

家族の行事

 この連休は、急な仕事も入っていたけれど家族の行事もあった。行事だけでなく、七五三のお祝いのご招待や、遠縁の法事なども話題も・・・。

 最大のイベントは三男の嫁さんのご両親(稚内から上京)のお接待。上野・韻松亭。こちらは、東京転勤が決まったばかりの二男夫婦、長男、そして三男夫婦(もう入籍が済んでいる)。総勢9名。和やかに食事が進み、酒も進み、女同士のおしゃべりが続き・・・。翌日ご両親は、三男夫婦と伊豆・熱川に一泊旅行へ。お見送りはしなかったが、今頃稚内へとお帰りになられたころだ。

 3人の息子たちは、こんな風にそれぞれが独立している。久しぶりに会う二男(今年は転勤があるかもしれないということで、春の連休にも、夏休みにも帰京しなかった。でも辞令は出ない。もう今年は転勤はないかもしれないと。それでは家族が集まる10月の連休には帰っていらっしゃいと切符を送り・・・その3日後に辞令が出たのである。10月16日付の転勤)。心なしか一回りもふた回りも大きくなった様な気がした。工場でのライン管理?年齢がだいぶ違う職人気質の人たちも多いと聞く。そんな職場環境が彼を大きくしてきたのかもしれない。それとも久しぶりに会ったせいだろうか・・・。
 相変わらず一人身の長男。いつもは酒は飲まないのに、珍しく日本酒を飲んでいた。さすが長男の貫録がただよう風情。早く嫁さん見つけろよ。
 そして三男。今回の宴の主役なのだが、なんとも心もとない(ごめん!)まだ20代だからと贔屓目に見て…ちゃんと嫁さんのご両親のアテンドができたかなぁ・・・。末っ子だからのアマちゃん?早く抜け出しなさい。一家を構えるのだから。

 と、そんなこんなの一夜であった。そしてこれから年末にかけて・・・結婚式やら、七五三やら・・・大手術をする者もいる。家族のことで時間をとられることが増えそうだ。これも老後の時間のつぶし方の一つなのかもしれない。
 
 でも・・・こんな風に仲が良い家族がいることに感謝しよう。







posted by 百子 at 10:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする