2012年01月11日

俳句のことなど

 七草がゆも終わって、今日はもう11日。こんな調子で今年も終わっていくのだろうか・・・。
今朝は少しゆっくり起きて美容院へ。さっぱりと髪を切り研究室。年末に出した休講の補講が3時からある。これが終わればすべての教科が最終段階へと突入する。まとめだ。そうして試験。
 できるだけ点付けがスムースにいくように準備して一月を終えようと思う。

 忙しさとは反対に俳句が調子いい?先日の初句会は、スクーリング終了日と重なったのだがどうにか間に合って参加。なんと次点句などをいただいた。

  泰然と高野槇立つ去年今年        4点句
  かざす手も笑顔も揺れて焚火かな     2点句
  幾重もの光の影や初の海          1点句
  御神像かざす手はなし大焚き火      1点句
  竜の玉吾妻神社の詣で道

 一番好きなのは泰然と…の句である。元旦に地元の平林寺の初詣に行ったときできた句だ。樹齢500年という。大きな幹がどっしりと山門の横に立っている。また年が明けた・・・。今年で500年プラス何年か何だなぁ。500年という立て看板を書き直さなくていいのだろうかなどと、思いながら自然と、泰然という語が浮かんだ。一年二年、そんなことちっぽけなもんなのかもしれない、などと思ってできた句だった。きっと「去年今年」という季語に合ったのだろう。

 今年は少し俳句に力を入れたい。(毎年そう思っているみたいだが・・・)。
それには、心に余裕をもつこと、時間の切り替えにメリハリをつけて行うこと(心と頭を俳句バージョンにもって行くこと)。そうすると1分でも2分でも俳句は作れるのだ。あとは、ものを感じる感性・・・まず観察力かもしれない。いろいろな所に出かけることも重要だ。そういえば、1月3日に出かけたた二宮でも俳句ができたが、あのときは心にあまり余裕がなかったか。

  初詣赤き元結い染め絣       百子
  初空へその実捧げむ大榎木    百子

ぐらいしかできなかった。あっあった。駄句の典型句。

  菜の花や月は東に富士は西    百子


ハイ今年は頑張ります。




 
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2011年12月03日

どてら着る後ろ姿や百耕忌 百子

 どれら着る後ろ姿や百耕忌  高井百子
 俳句の普及をめざすNPO法人双牛舎の「みんなの俳句」に載った。俳句の先生である(双牛舎代表理事)の而雲先生がコメント書いてくださっている。
(以下)


 忌日の句である。前書に「父の三十三回忌を前に」とあった。それによって作者がご自分の父上(俳号・百耕)の忌日を詠んだ、ということが分かる。「どてら」という冬の季語が入っているので季節もはっきりとしている。しかし読み手の知らない忌日の句はどうなのか、と思う人もいるに違いない。
 忌日を詠む場合、「芭蕉忌」(時雨忌)、「子規忌」(糸瓜=へちま=忌)など、有名人のものに限るべきだ、という意見がある。しかしこの句を見て、必ずしもそうではない、と思った。どてらを着て背中を見せている百耕さん。洒脱な俳画を見るようで、なかなかの雰囲気を感ずることができる。
 この句のイチ押しは「百耕」という俳号である。聞くところによると、父上は大学の教授として一つの専門分野を地道に耕し続けておられたという。そのことを知らなくても、一徹で重厚な人柄を感ずることができよう。どうやら忌日の句に相応しい俳号というものが、あるらしい。試みに歳時記などから俳号を選び、順に置き換えてみた。どてらの後ろ姿にぴったりの俳号は結局、見つからなかった。(恂)


 手術の待機をおえ、重たい体を引きずって帰った夜、この記事が掲載されていることに気付き、なんだか心が温かくなった。親孝行できなかった父だけど、きっと喜んでくれているに違いないと、そんな気がした。
 今日は午後句会。楽しんでこようと思う。 



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2011年08月31日

「子規は何を葬ったのか」空白の俳句百年 を読む

         子規は何を葬ったのか.jpg

 今泉恂之介氏(俳号・而雲)のご著書「子規は何を葬ったのか」空白の俳句百年 を頂戴したのは、稚内・利尻の旅から自宅に帰ってきた夜遅くであった。ポストの中に出版元(新潮社)の封筒に入っていて、新潮選書にしては斬新なデザインでグリーンの帯が印象的な表紙のご本だった。
 旅の荷物をほどくくこともせず、「序章」を読んだ。次に「あとがき」を読んだ。
 今泉氏が、俳句の本を、特に子規に関するご本を執筆されていると知ったのは、今年3月の松山吟行にご一緒する前だったような気がする。松山では吟行の傍ら今泉氏の精力的な取材が印象的であった。夏前には刊行されるだろうと伺っていたのだけれども、夏に入っても出版されたという話は聞かなくなり、どうしたのだろうと思っていた矢先に届いたご著書だった。なるほど、そうだったのか・・・。
 
 7月末、今泉氏とこのご本の「あとがき」に登場する大澤水紀雄氏(俳号・水牛)が代表理事を務めるNPO法人双牛舎から、「芽吹きーみんなの俳句・東日本大震災に寄せて」が出版された。その巻末に今泉氏が書かれている文章がある。「俳句の本質・・・」についての文章。その趣旨と、この「子規は何を葬ったのか」の終章に書かれている今泉氏の文章が一致するのである。
 今泉氏は「終章」で「当初の執筆『主旨』がだんだんずれていってしまった」と書いている。これが出版が遅れた理由なのだと思うが、その過程で今泉氏は、「私が俳句について最も言いたかったこと」として「俳句史の本流は”普通の人々”であった」事に気付いたのだという。
 ご本の中ごろ以降のページに登場する、江戸末期から明治の始めに生きた女性と思われる俳人たちの句の数々は本当に、普通の人たちの毎日の生活の中から生まれたすばらしい句ばかりである。
  垣越しにもの言いかけて梅の花   有光女
  涼しさや藁で束ねし洗い髪      鶴女

 この著書の多くは、小林一茶以後、正岡子規以前までの俳句。子規が「堕落し、救いようのない状態にあった」「月並みで見るに堪えない」と酷評した約百年の間にそれなりに活躍した俳人たちの足跡と句を膨大な資料の中から拾い集めている。
 土方歳三が俳句を作っていたというのも驚きだが、三森幹雄、穂積永機、井上井月等、百子にとっては初めて聞く俳人たちの人となりと句の数々が興味深い。
 今泉氏は、国会図書館に通いながら膨大な資料と向き合い、またジャーナリスティックな視点から、先人たちの句の解説ばかりではなく、実際の生活の姿をあぶりだしている。先人たちの日常までもが見えるようだ。大変興味深く読みやすいご本であった。

 読み始めから「月並み句」とはどんな句なのだろう。と思っていた。
 「月並み句」と子規が切り捨てたという句はどこが「月並み」なのだろう。
 そのこととは「終章」で触れられている。
 では、いい句とは・・・。これは文中で今泉氏が「いい句」として取り上げた先人たちの句をじっくり読むしかない。これが俳句の勉強ということなのだろう。
 しかし一つだけはっきりと言えるのは、普通の人たちが作る俳句のなかにも「いい句」は生まれる。ということのようだ。

 
 幸いにも百子は、すばらしい俳句の先生、この御本の著者である今泉而雲氏や大澤水牛氏のご指導を受けています。(時には先生たちに悪たれをついてしまうこともありますが・・・)。この幸運を大事にがんばりたい!とご本を読んで改めて思いました。
 ありがとうございます。今朝見たアマゾンの本ランキング・評論部門で 2位 になっていました!
 俳句を愛する多くの人たちに読んでいただきたいご本です。

  「子規は何を葬ったのか」空白の俳句百年  新潮選書・新潮社刊 今泉恂之介著 1200円 8月25日発行

 

 
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2011年08月23日

父の俳句

 蒸し暑いと感じた途端、日が差し始めた。窓から見える空はすでに雨雲が切れている。

 畳替えのために書棚を整理。古い本を片付けた。そうしたら父の俳句が載った冊子が・・・。大事に大事にしまっておこうとどこかに入れた覚えはあるのだが、いつも間にかその場所を忘れてしまって、ときどき思い出しては探してみたものの見つからなかった、百子にとっては大事な父の形見である。片付けはそっちのけで、しばし読みふけってしまった。

 父・浩は明治44年3月29日生まれである。逝ってしまったのは、昭和54年11月9日。俳句、囲碁、謡を趣味とした。真っ先に思いだされるのは、机に向かって古文書を紐解いている史学者の父の姿だが、時には譜面台を前に謡をする父の姿も浮かんでくる。あの気弱な(そんな風に見えた)父はどんなふうな囲碁を打っていたのかも誰かに聞いてみたい。
 しかし父が一番好きで力を注いだのが、俳句ではなかったか・・・。
 父は昭和38年に和田杜笙氏が主催する句会の門下生になった。俳号は、百子が知ってるのは「百耕」であるが、その前に「寒泉」と名乗っていたこともあったらしい(先日長姉から聞いた)。
 
 父の俳句は、その句会報「桑珠」でしか見ることはできない。父の追悼特集には、和田杜笙宗匠をはじめとして、何人かの門下生が百耕の追悼を行ってくれている。逝ってしまった当時の上毛新聞にも、父百耕の俳句が追悼文とともにで紹介されたと聞く(百子はコスタリカ赴任中で父の臨終には立ち会っていない。だからその新聞も見ていない・・・)。
 一冊だけ、百子のところに残った句報「桑珠」から父の句をいくつか記しておこう。

     高井百耕  遺作抄
  四月馬鹿孫の言う嘘透き通る
  藁仕事鶏会釈して土間に入る
  魂が去れりと冬の蜂言へり
  長閑さをつけたす犬の大欠伸
  さきがけて梅の青枝がうちけぶり
  春愁の青年たちて指鳴らす
  春眠す余生きりなくあるがごと
  地虫得て話し相手の小ささよ
  人丸忌走り岩根を踏み詣づ
  鬼城忌や利鎌は鋼匂はしめ
  猫の子の客あるたびに顔を出す
  牙のなき犀の貌して温め酒
  冬構一見識のありて母
  鶏歩む木枯らしに尻たたかれて
  今朝秋や漬物うまき回復期
  生涯の長さ短さ冬の墓

 まだまだ百子の句は父・高井百耕の足もとにも及ばない・・・。
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2011年06月09日

松山市観光俳句ポスト入選!

 松山市に吟行に出かけたのは、あの震災が発生した日だ。
 あの朝、地元の駅から羽田行きのリムジンバスにずいぶん余裕をもって乗ったはずだった。しかし思わぬ渋滞に巻き込まれた。あと少しで羽田という時点で全くバスが動かなくなってしまった。
 搭乗手続きの時間まであとわずか。しかし、団体ということでそれはもう済んでるらしい。あとはチェックインすればいいだけ・・・。幹事の友人と携帯で連絡をとりながら、えい!もしだめなら午後の便で行けばいい。もちだし料金だけどしょうがない・・などと考え始めたときバスが、ANAの出発ロビーの入口に横づけになった。その時電話が。「いまどこ?もう時間がないわよ」「今着いた!」「じゃあ走って!。入口の所に真っ赤な上着を着て待ってるから」「わかった!」と、バスを降りようと並ぶ人達をかきわけて「ごめんなさい。時間がなくて・・・」と割り込ませてもらいバスを降りた。そして走る・・・。走る・・・。
 そんな風にして始まった吟行だった。あの時、飛行機に間に合わなければ…震災に遭っていたはずだ・・・。

 そして無事松山に。昼は名物の5色素麺。次は松山城・・・という時点で仲間のワンセグが鳴った・・・・地震らしい。それもだいぶひどいらしい・・・。まな板の鯉である。たぶん飛行機も止まってるだろう。仕方なく吟行を続けるしかない…と次の日の夕刻、宿泊先のホテルの会議室を使って予定通りの吟行句会が開かれた。そしてその場で出された全句が松山吟行の記念にと、松山市観光俳句ポストに投函されたのである。
 そのうちの一句が、今回入選した句である。
     麗らかに声出して読む子規の句碑    百子

 句会では3点ちょうだいした。(4点ちょうだいした別の句は今回は選ばれなかった)
 そして句会で同じく4点獲得した大虫さんの句が、なんと今回、特選をいただいていたのである。
     ぞなもしの婆の親切はるうらら     大虫

 すばらしい。大虫さんも番町句会(俳句の普及をまざすNPO法人「双牛舎」の傘下にある句会)の同人。なんともうれしい。2名受賞。このところ低迷が続く百子にとっては栄誉ある嬉しい出来事だった。(この句、句会に出したことも忘れていたのだけれども・・・)。疲れ果てて帰宅した昨日。松山市役所から届いた通知に、疲れが吹っ飛んだものである。

投句総数2217 応募者数1274  入選20句、特選3句。この規模からわかるように松山は俳句の町。いたるところに俳句の投句ポストが設置されている。俳句人口も多く、小学校から俳句の授業もあると聞く。子規を始めとする多くの俳人を出している町でもある。


 さぁこれからもこれを励みに俳句を作ろう!


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2011年05月10日

句会

 先週の土曜日は、恒例の句会。番町句会と喜楽会が合併し、それに日経俳句会の何人かが加わって、たぶん総勢20名。そのうちの17名が参加した。一人5句の投句だから大変な量である。短冊に書き、人数分に等分に分け、清記表に書いた上で、それを順に参加者に廻す。廻ってきた表をすべて選句表に書き写す者、直に選句をする者・・・この作業が約一時間かかった。その上で、
合評会。
 まず一人ひとりが選んだ句(全部で6句)を順に発表。そして上位句(票が集まった句)の合評会である。そして最後にすべての句を詠みあげながら作者の確認。そこでまたいろいろな発言などがあり・・・1時から始まった句会は約3時間で終了した。ふー。

 以前なら(合併前)そこから、双牛舎代表の事務所に集まり、酒盛りが始まるのだが、会場が大手町の日経別館の会議室に変わったのでそうとも行かず、コンビニで酒・ビールなどを買い込んで、前の週から始まった連句の仕上げにかかった。約40分。
 そうしてやっと、神田の飲み屋に場所を変えて2次会が始まったのである。参加者12名。
 中締めで帰ったもの4名。残りの宴会は何時まで続いたのだろうか・・・。

 月一回の句会。俳句談議に始まり、俳句談議に終わる。ああでもない、こうでもない。誰それは最近調子がいい、腕を上げたね、いや作りすぎだよ、などと忌憚なく、延々と続く。そして吟行の計画。てな訳で、この俳句の仲間達。一体自分の生活の中の何時間を俳句に費やしているのやら・・・。まったく暇といえば暇人の集まりなのだろうけど、忙しいといえば忙しい人たちである。
 だって、月にいくつもの句会を掛け持ちしている人が多いのだから・・・。
 俳句は奥が深い・・・ 興味ある方は、http://sogyusha.org/blog/ をご覧ください。
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2011年03月18日

松山吟行

 あの大地震が起こったのは、愛媛・松山市に到着し、「5色ソーメン」と「鯛飯」をいただいた後、ぶらぶらと松山城に上っている時だった。まさに天守閣に登ろうと城山公園を横切っている時、仲間のワンセグに第一報が入った。
 
 東京も大変らしい、との声に仲間が一斉に携帯で連絡を取り始めた。・・・つながらない。百子も東京にいる息子に・・・つながらない、なら豊島区に住む友達はどうだとTEL。あっ、つながった。「こわーい!!!」友達の第一声だった。様子を聞くとずいぶん揺れたらしい。台所のレンジも棚から落ちたそうだ・・・。「気をつけてね」、と念を押して切る。次は息子・・・だめだぁつながらない。で、メールで安否確認。しばらくして彼から無事の知らせが入った。

 われら総勢16名。さてどうするか。これから3日間の吟行予定である。・・・
 しばらくすると、誰からともなく「帰るにしても飛行機がないかもしれないし、ここは予定通り」ということになり、市内観光、そして句会と、予定通りの旅が続いた。3月11日から14日までの旅である。
 松山ゆかりの俳人たちの句碑を廻り、最後は三津浜まで。
 
 旅の終わりごろになると、それぞれが残してきた家族のことが気になるのか、そわそわ。どうも懐中電灯が東京では品薄らしい。パンも買えないらしい…ということで、空港に行く道すがらスーパーに寄っててパンやら餅やら、野菜やらを仕入れて、もちろん懐中電灯と乾電池も仕入れて…搭乗となったのである。

 それでも句会は開催。地震(なゐ)の句も多く詠まれた。百子の句を披露しよう

   春のなゐメールとびかふ天守閣 *2点いただいた。
   句碑の文字春ゆらゆらと碧悟桐 *4点句  
         →句碑の文字ゆらゆらと春碧悟桐 のほうがいいかななどと・・・
   うららかや声出して読む子規の句碑 *3点句

 最高点は
   春の風足でつかんでリフトのる   星川佳子 *5点句(最高点)。
     松山城へ上るリフトである。やはり彼女の感性は素晴らしい。


 こうして、松山吟行の幕は下りた。




   
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2011年02月19日

NPO法人・双牛舎俳句大会

 昨晩、内幸町のプレスセンターで、俳句の普及を目指したNPO法人双牛舎の総会が開かれた。
 メインイベントは俳句大会。双牛舎に加入する句会、日経俳句会(酔吟会、銀鴎会、水木会)とこの度合併した番町句会と喜楽会(合併後は番町喜楽会)のメンバーが、あらかじめ決められた兼題と自由句を一人2句投句しておく。それを会場で参加者全員で投票制によって上位入賞句を決めるイベントである。なんと入賞者には、景品(陶芸品)が渡されるほか、プロの書家(赤池先生)がその句を短冊に書いてくださるのである。今回投句された句は90句 。その中から一人7句を選び、赤いシールを拡大コピーされた選句表の上に張って行く、というイベントである。

 百子は過去2回、上位入賞者として水牛先生作の「大皿」をゲットしている。今年で3回目の今回も連続して入賞と、満を持して参加のだが結果・・・だめだぁ。最近泣かず飛ばずである。水牛先生からは「作りすぎているんだなぁ」と。うーんそうかもしれない。
 しかし、百子が選んだ句のウチ2つが、最高得点句となった。まだ選句の、センスは残っている?
結果は、11点を得た句が3句。10点句が3句、8点句が2句、そして7点句1句が上位入賞者となった。
 百子が選んだ最高点句は以下の通り

 木瓜生くる妻正眼の構へかな  谷川透(番町喜楽会)
 春立つや為すべきことの指で折り  堤てる夫(日経俳句会・水木会)

 もうひとつ 鉄棒の高さ追ひこし卒園す  池村実千代(日経俳句会、水木句会)
には投票しなかったが、彼女のもう一つの句 やはらかに日を重ねをり沈丁花  には投票した。もちろん選句表には作者の名前は入っていないから、同じ作者だとは気がつかなかったが、こうやって比べてみると、両句とも、なんともいえない優しさがあふれた句である。すばらしい。そして素直な句だ。百子が忘れてしまった感性かもしれない。

 参加者は四十数名。和やかにまた楽しげに句談義が続いた。
また私ごとですが、この双牛舎で出会った、百子のだんな様ともどもお祝いをしていただいて恐縮でした。ありがとうございます。
しかし、このだんな様、いつもの句会では泣かず飛ばずと聞いているのに(百子とは句会が違います)、この総会ではヒットを飛ばしている。3年連続上位入賞は彼一人だけだそうだ。
 「為すべきこと・・・」そう、だんな様頑張って為すべきことをかたずけてください。

 ちなみに百子の句は6点句。と3点句であった。6点句を。
 
    山門を訪ふ人稀に沈丁花  百子(番町喜楽会)








 
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2011年01月16日

初句会と宴会と・・・

 昨日は、初番町句。喜楽会のメンバー二人を加えて総勢11名。投句1名で行われた。
 兼題は「風邪」と「福寿草」である。最高点は、
   手枕の退屈の先福寿草 6点  春陽子(喜楽会)であった。
 
 実は百子、この句を取ろうと思っていたのだが、最後に外した。だから百子が入れていれば、7点句ということ。11名中7人である。すばらしい。福寿草の日常的な雰囲気と(決して華やかな春の花ではない)退屈、手まくら、という言葉がうまく響き合っている。本当にお上手である。春陽子さんは、デザインを生業としているらしい。物事のエッセンスを凝縮して表す(表現する)デザインという仕事と、俳句は、どこか共通点があるに違いない。もう一名喜楽会から参加した塘外さんも、コピーライターというから、やはり同じ分野なのだろう。強敵が現れたというところか。
 しかし、昨日は欠席したのだが、番町句会の詩朗さんが次点を含めて、上位句に名を連ねた。番町句会の面目保つというところか・・・。えっつ、百子?泣かず飛ばず・・・。2点句が一つ、一点をいただいた句が2句であった。
   年男足蟹の大胡坐  2点   百子

 そして新年初連句。当然発句は、「手まくら」・・・の句である。酒を飲みながら延々と。場所を移して懇親会。お開き8時半。1時からの句会開始だから、約8時間の会合であった。

 おっとその前に集合して、先に百子のブログでも紹介した「追憶の旅」竹村陽子著、をどうやって世に出していくかの相談をした。
アマゾン・・・著名人にコメント依頼・・・パンフレット作成・・・重度の障害を持ちながら創作活動を続ける竹村陽子さんを応援するために、いま多くの人が力を貸してくださっている。百子も微力ながら協力したいと思っている。




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2010年09月20日

俳句をひねる

  10月の句会の兼題は、「水澄む」と「虫」。特に「水澄む」は感覚的に澄み切った感じを表現するらしい。

 朝から俳句などをひねっている。でも集中できない。
 急に秋めいてきて、いつもなら、というよりこの1カ月の生活の仕方からいえば、この季節の変化を楽しもう(といってもこの夏は暑すぎたけれど・・・)という心境だったけれど、いまはそんな感じではない。秋にどっぷり浸っているというより、えっつ明日の授業は、何するんだっけ・・・と、突然不安になる。明日は後期の授業の初回。不幸なことに明日は3コマもある。1、2、5限。初回のガイダンスとはいえ、しっかり授業を始めなければならない。履修者がまだ確定していない時期でもあるので、なかなか難しいのだけれども。朝1.2限と続くので2限で使う資料を1限前には用意しておかなければ・・・。教室から教室へ…5−6分はかかる距離だ。

 という不安を抱えながらも俳句を作っている。「虫」。・・・マンション住まいだから、そんなに秋の虫の声を聞くわけではない。
今だって聞こえてくるのは、遠くの車の音や鳥の鳴き声ぐらいだ・・・。

  このところ、泣かず飛ばずの俳句。やっつけで作ってるからだ。吟味して、感性を研ぎ澄まして、推敲して、・・・俳句は難しい。
 先日行ったチベットから投句した句が主席になり、連句の発句になったのだが・・・。「百子は旅行するといい句ができるねぇ」などと、言われてしまっている。普段は鳴かず飛ばずだから・・・。チベットで作った句は以下。なにしろ高山病で唸っていたから・・・。

     峠越え仏の国や秋の声…連句の発句に採用された。
     ポタラ宮上る苦行や秋の風
     高山病清蔵の地の蒼い月
     天空や湖面に映る雲の峰

 次回の句会は10月9日。とか…あれ何かのスケジュールと重なっている?







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2010年08月07日

今日は句会

 朝からデレデレしている。一週間続けたウオーキングの効果もあまりなく、なんだか気が抜けてしまったふうだ。
 でも今日は句会。

 前回は投句をしたのだが、今回は満を持して、と言いたいことろだが、何とも心もとない。あぁだめだぁ。と弱音を吐きたくなるけれど、何事も継続は力なり。6句作った中から5句選んで持っていくつもりだ。
 
 ウオーキングをしている道に、「さるすべり」の並木道がある。いま、ピンク、赤、そして白と満開。朝の涼風の中にまるでしだれ花火のようだ。その情景を句にしたいのだが、どうしてもうまくいかない。花火は夏。さるすべりも夏。季重なりになってしまうのだ。だからこの句は句会が終わったら、宗匠さんに意見を聞いて見ようと思っている。
 で作ったのは、秋桜の句と、新涼の句。

 そうそう前回投句した句で、票をいただいた句を報告しておこう。あのときは川柳でごめんなさい、などと書いた句が・・・
  故郷の蛍見たしや爪を切る   
  夕日燃ゆ老人ホームのその向こふ  
 
 このBUROGUには書かなかったが、次の句にも票が入ったらしい(番長句会報による)
  ここもまた宅地造成蝉の声

 今日はどうかなぁ。気に入っているのは  
   山あひの檜皮葺屋根雲の峰 
   種一つ飛ばされてきて秋桜
   新涼や青墨の香書合宿 (はじめは臨書する、としたのだけど…今急に・・・)
 などなど、でも自分でいいと思ってもそれは、思い込みの時が多いから・・・

 さぁそろそろ出かける用意をしなければ。お昼は会場の近くの、「秋本」のウナギと行きたいのだけど、ダイエットの身には少々きついかなぁ。やっぱり、自宅で軽くすまして行こう。

  
 
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2010年07月31日

7月最終日・連句など

 また暑さがぶり返してきた。これでは体調もおかしくなるというもんだ。まだまだ夏はおわりそうにない。
 しかし・・・来週末は句会。兼題は「新涼」と「コスモス」である。まだ今年は、コスモスの花も見ていない。句会の句ができない…というのに、さっき「連句」が廻ってきた。

 なんやら「恋の呼び出し」らしい。前の短句で水牛さんが
  「
黒焼井守そっと振りかく」だ。その前の長句では、どうやら、誰かが手作りのわらび餅に、手もみの茶を添えてふるまっているらしい。そこに「いもり」の黒焼きである。
 早速調べてみると、「イモリの黒焼き」とは、『イモリのオスとメスを焼いて粉末にしたもの。「ほれぐすり」と言って想う相手に、こっそり振りかけたり酒に入れて飲ませると、効き目があるという』。と広辞苑に出ている。「わらび餅」をふるまってくれるその人に恋をしているのか。ふるまう相手に恋しているのか。どっちかわからないけど、わらび餅の黄粉の上にイモリの粉末かぁなどと思いながら。さてどうするか。
 さっきからああでもない。こうでもないと考えながらもう2時間が経ってしまった。

 恋を成就させて、ショパンでも聞きに行かせようか…
 失恋をしてしょげかえっている男の姿を描こうか…
 そうかショパンを弾くあの指の早さと恋の成就の速さをかけようか…
 でもなんで急にショパンが出てくるんだ?…

 などと、一人、次から次へと発想を膨らませながら考えている。これが連句の面白さでもある。前回廻ってきた時も、恋の句であった。その時は
 春曉に聞く妹が衣擦れ 
と作った。心の中では、急に帰ってきたと思ったら夜明けとともに帰っていく妹は、実は狐だったなどと、この句に続く次の人が作ってくれればいいなと思っていのだけど、出てきた長句は
 
ゆったりと揺れて歩むや孕み馬 (大中さん)
であった
。そうか孕んじゃったのかぁ、と、どんな発想が次の人から出てくるかわからない面白さもある。

 さてさて、明日までには作って、次の人に廻さなければいけない。おっと、句会の句もだ。 




 
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2010年07月04日

朝のいっとき

 このところ、毎日5時前には起き出している。窓を開けるとすうーと風が入ってくる。日中の蒸し暑さとは格段に違うさわやかな風。
 それが今日は、じとっと肌に絡みついてくる。今日は蒸し暑い。小雨か。ふーと息をついて、今日使用するデータの確認をしながら窓の外を見やった。遠くで小鳥の鳴き声。いつもと変わらぬ朝のはずなのに、このうっとうしさは何だ。

 今日でスクーリングが終わる。いつもながら楽しく進んでいる。昨日はグループワークが中心だったので、百子は出番なし、かといって居眠りをしているわけにはいかない。各グループの進捗状況を確認しながら。あっちの方向に行かないように、少しづく介入しなければならない。
 そして今日は、個人ワーク。そうです。プレゼンテーションのスクーリングなのです。
 で明日からはいつもながらの授業。前期12回目である。残りわずか。ふー。

 あっつ、少し冷たい風が入ってきた。幾分空が明るくなってきたような気がする。
 今日は日曜日なのか。いつになく静まり返っている。

 昨日の句会はどうだったのだろう。一応投句をしたのだけど・・・
 拙速で作ったから、また惨敗だろうな・・・。投句することに意義あり!なんて強がり言ったけど、やはり気になる。でもだめだぁ。だって
  故郷の蛍見たしや爪を切る   百子   どう考えたって川柳か。もうひとつ恥を忍んで、
  夕日燃ゆ老人ホームのその向こふ    ごめんなさい。
なら、これはどうだ。自信作・・・
  夕焼けて野火止用水散歩道   えっつ、意味分かんないって?

 さっつ。出かけるしたくしなきゃぁ。
 
 
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2010年06月21日

俳句の普及をめざすNPO法人双牛舎のHP

 百子の句会の母体ともいうべき、NPO法人双牛舎のHPがどうやらできたようだ。    http://sogyusha.org/blog/

 そのコンテンツの一つに「類題句集」がある。双牛舎の代表を務めるとともに、会員の句会の先生でもある今泉氏の編纂である。季語の解説とともに、その季語で歌われた歴代の俳人たちの句が並べられている。すごい数・・・。氏のライフワークとも聞いていた。
 百子のように稚拙な句しかできないものには参考になる。毎月毎月の兼題が提示されたらまず、ここを開いて勉強していけば、何年か後には少し句が上達るような気がする。
 同じく、双牛舎代表の水牛氏が書く、水牛歳時記は、毎回の句報に載せられている季語の解説を集大成したものか・・・いや、この水牛さんが、しこしこ書きためていた歳時記から、抜粋されていたものか、どちらが先かはわからないが、これを読むとまた、その知識の広さと教養の深さにひれ伏してしまう。
 お二人とも俳句で生計を立ててきた人ではない。れっきとした新聞社の記者出身の方である。本業の傍ら、趣味の世界で、いや本当は幼少?(少年・青年時代から)のときから俳句に親しんできていたらしい。
(そういう意味では、俳句が本当の仕事で新聞記者が傍系?いやいや、それは失礼だ)。

 しかし今や、双牛舎の会員が組織する句会は、ずいぶんの数に上る。その活動も句会は勿論、吟行と称する観光旅行も頻繁に行うし、色いろな名前をつけては、総会らしきものを行い、会員が一堂に会する機会も多い。職場の仲間、その知人、そのまた知人と会員も確実に増えている。そして今泉さん(俳号・而雲さん)水牛さんいわく、その俳句のレベルはかなり高いそうだ。(ちなみに百子は番町句会に属している。へへへ)

 このHPが日本全国の俳句を楽しむ人々に広まり、そのコンテンツが広く活用されることを祈っている。
 (どうも、百子は双牛舎の理事らしい)
posted by 百子 at 14:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 俳句 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月05日

今日は句会

 兼題は「暑し」と「胡瓜」である。番町句会と喜楽会の年2回の合同句会であった。
 百子は、作句で四苦八苦した末に、最後にはどうでもよくなり半ばやけ気味で参加という始末であった。参加人数は合計14名。5句投句の6句選で始まった。

 最高点4点句6句、3点句4句と、ある程度選句が集中したが、逆にほとんどの句が2点句1点句となり、バラケタ感じでもあった。その中で注目したというか、話題になった句は・・・

    暑苦し一固まりの乳房かな    六甫(4点句)
    よく冷えし胡瓜のような女かな   而雲(2点句)  

 「暑苦し一固まりの乳房かな」・・・さまざまな評が出された。母親が乳児に乳を含ませている情景・・・、昔、母の浴衣の合間から見えた汗と乳房・・・いや体験的な実感でしょう・・・。いや最近の若い女性はあらわに乳房を主張しているから…逆に暑そうに見えて・・・。などと。
 「最近は『集めて上げて』、ひと固まりにしている女性がめだちますなぁ。特にテレビに出るタレントなど・・・見るからに暑苦しいですよ」とは作者の弁であった。    
 
 「よく冷えし胡瓜のような女かな」・・・肌を合わせたら冷たかったということですか?いや見るからに細い女性の、冷え症を想像しているのでしょう・・・。いや単に「冷たい性格」ということではないですか?・・・
 「いやどこかで、キュウリは冷静さを表すというようなことわざを聞いたことがあるので・・・」と作者。
 「cool as a cucumber」という言葉はありますよ。「落ち着き払って涼しい顔」とでも訳すのでしょうか。うーん。でもそうすると表現が重なってしまうのでは?それに「よく冷えた」というのは・・・。などと。

 直截的に女性をうたった句が2点。珍しい句会だった。ちなみに百子の句は…破れかぶれに作った
    朝採りの胡瓜不揃い50円    百子(3点句)
と、あと1点句が1点だけであった・・・。とほほ。
でも上記2句の評は黙っていられずに頑張りましたよ。「乳房」の句は採りました。やはり句会は楽しいです。    
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2010年02月10日

速報・双牛舎総会・句会

 といっても自分のことだけでごめんなさい。
 
 双牛舎の定期総会が昨日プレスセンター行われた。第3回目。双牛舎の会員は、日経俳句会を母体とした5つの句会からなる総勢90名ぐらいか。第2回の総会から総合句会を実施している。午後6時半からの会なのに、6時前から人が集まり飲み始めた。壁に張った、投句の一覧表(百子が拡大コピーして担いで行った)に、赤いシールを張って投票する。
 で、だ。百子の句は今年は、天・地・人の中には惜しくも入らなかったけど、佳作に入った。

   逢ひ初めの訥訥として春浅し   百子である。

もう一句
   風花や鐘の音に舞ふわが故郷  百子 は、3点頂いたが惜しくも選外であった。

 天・地・人の句、佳作に入った句については、後刻双牛舎のブログに発表されるだろう(3月にはいよいよHPもきるらしい)。司会で飛び回っていたので、他の句の得点や作者のデータを作ることを人任せにしていたのでここで公表できないのが残念だ。

 さて明日から久しぶりの通信教育のスクーリング。木、土、日と変則的な3日間ではあるが、もちろんその準備もしなければならない。
 今日は一転寒い曇り空。一日家でじっとしていよう。
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2010年02月09日

春浅し

 久々に職場に来ている。事務処理と会議。そして夕刻から第3回双牛舎総会。そして双牛舎句会が開かれる。場所はプレスセンター。司会を仰せつかっている。

 句会の兼題は「春浅し」総投句数91句。その中から参加者全員の投票によって、天・地・人の句が決まる。
 昨年は、その「天」の句に百子の句が選ばれた。
  
  アルバムの母と語らふ夜長かな 百子
 
 今年はどうだろうか。はなはだ自信はない。
 
 「春浅し」この頃のことをいう。いざ作ってみると難しい。91点の句を読んでいても、えっつ、この上の句と「春浅し」がどういうふうにくっつくの?と思ってしまう句もある。俳句を感じるのはその人の感性だから、間違っているともいえないが、共感もしない句もある。
 反面、うまいなぁ。そうだよねぇと思う句もある。そんな句を5点選んで投票しなければならならない。おっとその前に投句された句の一覧表拡大コピーをしなければ。忘れるところだった。画鋲とサインペンと鋏と…用意して持っていくものも多い。
 
 しっかりしなくちゃ。今朝も研究室のメールを見ていたら、報告したはずの仕事の再チェックとか、確認メールが入っていた。うっかりミスはまだ続いているようだ。
 春浅し。集中しなきゃ。息子のmixiのブログに先日自損事故を起こした車体の無残な写真を載せられてしまったし。
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2010年01月27日

風光る

 研究室の窓からまた一段と明るさを増したような日差しが入り込んでくる。もすぐ立春。風がきらきらひかりだすころだ。
 次回の句会の兼題は「風光る」。春の季語である。そしてもう一つは「目刺し」。
 
 節分に「恵方巻き」を食らいつく…節分というとこんなことが最近は話題に上るが、(この風習を関東に持ち込んだのは、これは聞くところによるとコンビニの戦略らしい。このことを新聞のコラムに書いた、論説委員のお宅には、海苔業者からしこたま、海苔がが送られてきたらしい)、もともとは、いわしの頭を柊の枝にさして戸口立てるのが節分の大きな行事だったような気がする。もちろん豆まきもそうだけれど…
 そこから、鰯春の季語になったのだろうか…。
 今週末は、目刺しを食卓に乗せて、じっくり俳句をひねらなければ句なぞ到底できそうにもない。眼ざしの目の大きさを思い浮かべて、あの目刺しに羽をつけたらトンボかな、ということぐらいしか思い浮かばないのだから。

 さて「風光る」である。これもやさしそうで難しい。春の情景はいろいろある。卒業式、入学式、・・・でもそれらはみな季語になっているから、うっかりすると季語が重なってお叱りを受けそうだ。日本海の春の海。きれいだろうなぁ。昨年行った丹後半島・・・。などと思い浮かべているが・・・
 やはり今朝の、この研究室に差し込む日差しの明るさと、この職場の静けさをどうにか句にできないだろうか。
 今日学校は期末試験中…。学生たちの笑い声も聞こえず、静けさが覆う。
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2010年01月10日

初句会

  昨日は2010年最初の番町句会の例会。体調を崩したメンバー1名の欠席はあったが、残り11名が勢ぞろいした。兼題は「初夢」「冬の月」。和気あいあいというか、それぞれが勝手なちゃちゃを入れながら選句が進み、合評会そして最高点をとった句を発句としての連句が始まった。

 新年初めての句会。前回から一か月ぶりとは言え、新年をはさんでいるからもっとずうっとの期間、メンバーにお会いしていない様な気がする。そう思うのは百子だけではないらしく、話題があっちに飛びこっちに戻りのにぎやかさで、まさしく話が尽きないという風であった。政治の話から芸能人の話、話題のドラマの話、歴史上の人物論、そしてもちろん俳句の話。
 
 で句の話だが、最高点は4点句が3点入った。そして3点句が5句、2点句・・・と続いた。
(そのうち双牛舎の「みんなの俳句(http://blogs.yahoo.co.jp/nposogyu)」で、4点句は紹介されるだろう、と今のぞいてみたら、恵子さんの句がさっそく掲載されていた。連句の発句となった句である。
 
 百子の句というと…3点句1点、2点句1点、そして1点句2点であった。3点句、2点句は以下。
    天橋立にて
    来し方を股覗きして大晦日  百子
   
    南天に白き実のあり貴人搨  百子 

 貴人搨 とは何ぞや、なんと読むのかとざわざわしたのだが・・・百子とて昔から知っていた言葉ではない。京都龍安寺の池の真ん中に、平べったい石が二つ。これを「貴人搨」という、立て札があった。尊い人が腰かけた石(こしかけ)ということらしい。この言葉が気に入ってそれを使ってみたかった。
 さらにその池のふちに真っ赤な南天が咲いていたのだが、その中に白い南天の実もあった。白い南天の実を見るのは久しぶりだったのでこれを題材にした。京都のお寺らしい雰囲気が出ていて、「股覗き」の句より気に入っている。ちなみに京都の龍安寺に行ったのは1月1日。元旦であった。
 
 あと点を頂いた句は…次のようなものであった。
  
 初日揺れ虎の子渡る石の庭   百子   (龍安寺にて)
 お霊屋に夫婦で居りぬ初の夢   百子  (高台寺にて)
  
 幸先いい出足か。今年は俳句をまじめに勉強しようと思っている。(今までが不真面目というわけではないけれど…)
 
 澱む胸突きさくやうに冬の月  巌水  (4点句)

 こんな風に感じる年にはしたくないな(でもこの句、百子も選びました)。
posted by 百子 at 10:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 俳句 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月08日

「木枯らし」と「文戻る」

 11月句会。(番町句会)出席者9名。その中で最高点を得た句(6点句)

     木枯らしや宛て所(ど)になしと文戻る    鬼一

 宛て所(ど)を処にしたらいいのではないだろうかとの意見も出たが、「木枯らし」という季語によく合っている句だ。 もちろん百子も点を入れた。その理由を感想を聞かれて、百子の前に同じように聞かれた六甫さんは「うーん。あとで…」と順番送り、そして百子の番になったのだが、やはり「うーん」。特別な理由はない。ただ「木枯らし」という季語と内容がよくあっていて…」と述べるしかできなかった。さて、どこがいいのだろう…。

 「文戻る」。久しぶりに年末の近況など、あるいは報告などをしたためて、ご無沙汰していた友人に送る。そうしたら「宛先不明」で戻ってきてしまった。えっつどうしたのだろう。何かあったのだろうか、と無沙汰をして連絡を怠っていた自分を責める。そして、連絡がつかなくなってしまった友人の消息を求めて・・・。そんな雰囲気が「木枯らし」が吹き始めるころの、心細さというか「釣べ落とし」のころのなんだか心もとない気持ちをよくあらわしている。今読み返してみるとこんな風に思う。

 俳句は読み手の心を、詠み手の心に合わせることだ、とつくづく思う。そこから共感が生まれる。そうすると、「いい句だなぁ」ということになる。書き言葉や話し言葉でのコミュニケーションでは当たり前のことだけど、俳句はそれを象徴的に表しているような気がする。共感しなければ、ただ単なる創作された「17文字」でしかなく、「ああそうなの」で終わってしまうのだ。
  だから句会は面白い。選句をしている時には、その俳句のよさがわからなかった句でも、他の人の感想や詠み手の心を聞いてみるとなるほど、そうなのか…共感できる句になることもある。
その表現(文字の使い方や選び方、言い回し)などのうまさに、感嘆の声をあげる句もある。

 俳句を始めて4年目が終わるのだろうか。一向に上達しないけれど、やはり俳句はやめられない。
えっつ。百子の句はどうだったかって。いえ参加することに意義があるので…と謙遜しつつも5句すべてに票が入りましたぞ。1票、2票だったけど。その中から一句
    
     白湯を飲む父の背中よ小春空      百子

 父が逝ったのは11月9日。父は病床に就いてから好んで白湯を飲んだ。調子がいいと布団の上に正座して白湯を飲んでいた。そんな父の姿が目に浮かんで詠んだ句である。 
posted by 百子 at 11:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 俳句 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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