2012年03月13日

小説

 木山捷平文学賞というのがあるらしい。
 会社を退職後小説を書き始めて5年、古希を迎えた先輩が受賞した。昨年、一昨年と候補作品になり3度目の正直で本年度受賞したのだという。昨晩、その受賞をお祝いする会に出席した。そしてその作品「異土」を頂いてきた。

 今日ちょっと空いた時間に読了。短編小説である。
 感想を書くなどというのはおこがましい。のだが・・・

 小説というのは難しい。ご本人もおっしゃっていた。長く新聞記者をやっていると、事実を事実をして私情を(主観)を交えることなく書く事を要求される。しかし小説はノンフィクションのルポタージュではない。何を書きたいか…何を読者に伝えたいのか、それを文脈に投じなければならないのだ。
 短編というのは、原稿用紙80枚ぐらいだと昔聞いたことがある。その中に自分の思いを、素材を通して表現しなければならないのだ。
 この、受賞作品は、そのずっと昔「熊野水軍」だったというルーツを持つ親族の歴史を、一匹の蝶(その蝶は季節後に北から南へ渡っていくという種類の蝶らしい)の話を軸に展開される。。新天地を求めて北米をはじめとする「異土」へ渡っていく親族の「移民」の歴史をなぞった小説でもある。

 率直な感想。
 小説家というのは自分の文体を大事にするという。この受賞作品の文章も例外ではない。
 まず、一つの文章が長い。その文章の中に、作者の感情の動きや、視点の変化が微妙に表現されているから、じっくりと区切り区切りで間をおいて読まないと、作者の感情についていけなくなる。そんな文章だ。文章が気持ちの動きを表しているから、時にはくどくなることもあるし、難解(ただ百子が理解できないだけのことかもしれないが)でもある。おおよそ元新聞記者の文章ではない。
 そうか、小説家はこうでなければいけないのか、などと改めて思ってしまう(反論もあるが・・・)。元新聞記者であった作者は、意識してこのような文体を選んでいるのだろうか。
 でもやはり、その新聞記者魂から抜け出られないところもあるらしい。特に中盤は取材記事になってるよな気がする(生意気なことを言ってすみません)。
 しかしだ。やはり受賞作品。最後の部分は、一気に引きこまれて読んだ。「精霊船」に乗って海に出ていくシーンから最後のまでの部分。そして軸になっていた「蝶」の話へと引っ張っていく部分は、あぁやっぱり「小説」家だなぁと思いながら読み終えた。

 文章を書くことは難しい。しかし楽しい。
 いつもこんなブログしか書いていないけれど、いつか「小説」を書いてみたいなと思う。モノにはならないだろうけど。
 
 受賞者である先輩はこんな話をされていた。「小説を書くということは、独りよがりに陥ってしまう危険性がある。自分の作品についての専門家の評価や講評がほしいと思った。文学賞に応募するということはそのためでもあった・・・・」
 
 とても勉強になったパーティーであり、受賞作品でもあった。次作は是非刊行物になった作品を拝読したい。




posted by 百子 at 23:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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