2012年02月10日

梅の花と俳句

 試験の採点、シラバス原稿の執筆、学生面談報告・・などと一応今年度末の仕事を終えてちょっと休憩。昨日は横浜三渓園へ。
梅はちらほら。とは言えない状況。咲いている花を見つけるのが大変…という状況。春はまだまだ先らしい。それでも一輪。
           
三渓園野梅AlMVnRnCQAE5Myo.jpg

 写真で見ると大きそうな花だけれども、実物は小さい。土手に登り背伸びをして撮った写真だ。
 こんな調子だから、梅の花を見ながら一句という事はまだまだ。園内も人はまばら・・・後2週間ぐらいだろうか。

 俳句と言えば、前回の句会。百子は5句の内4句に点が入った。新年から調子がいい。その中でも、点を集めた句がある。実はこの句、句会の前から「捨て句」としてあまり推敲をしていなかった。

    桑畑赤城おろしの二月かな  百子
 
 「二月」は兼題である。作れそうで作れない「二月」という季語。句会では、「あっと過ぎ去ってしまう二月」を読んだ句や、「不景気」を読んだ句。あるいは、「二月」の乾いた空気を読んだ句などが集まった。百子は2句詠んだけれど、後の一句は点が入らなかった・・・。
 で、この句、実は投句寸前まで作れていなかった句である。後一句・・・あと一句…と苦し紛れに作ったのがこの句。苦し紛れに先日、梅の木の剪定に行った、赤城山のふもとにある百子の生家の付近を想像して作ったのだ。
 「想像」というのは、今はもう、実家の周りには桑畑などあまり見なくなったからだ。蚕産が行われていた、ずうっと昔、そう百子が小学校一年までいたその家の近くでは、一面桑畑であった。古ーい記憶では、実家の母も、天井裏に「お蚕さん」を飼っていたような記憶がある。桑の葉を、まさしく「むしり取り」(幼い百子にはそう見えた)、お蚕さんの上に大量に播く。あんなに小さな「お蚕さん」があっという間にそれを食べてしまうのだ。
 でも今は、もうお蚕さんを飼う家は無くなった。それとともに桑畑は、田んぼに変わり、牛を飼う家まで現れている。百子の実家の桑畑も、いつの時からか、梅畑に変わった。
 群馬の二月。午後には決まって赤城おろしが吹く。吹くというより、赤城の山から吹き下りてくる。その梅畑で、赤城おろしを全身に受けながらの体験を即興で句にしたのである。梅畑とすると季語が重なってしまうから、桑畑にしたまでだ。

 俳句のNPO法人「双牛舎」の「みんなの俳句」取り上げてくれた「恂」さんは「練り上げた句がいいとはかぎらない。むしろすらっと、素直に出てきた言葉が人の心を打つものだ」と書いてくださった。
 何だか申し訳ないと思う。

 俳句は、「素直に感じたことを言葉にする」。今年はこの事を意識してみよう。えっつ。そうか意識してはいけないのか。「素直に」などと。

 実家の梅林はこんな状態である。

     大前田からみる赤城山の.jpg大前田の梅2 .jpg大前田の梅2 .jpg大前田の梅2 .jpg  
                            そして赤城山はこんな状態である 
                                                          大前田からみる赤城山の.jpg

  

 


 
posted by 百子 at 08:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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