2011年08月23日

父の俳句

 蒸し暑いと感じた途端、日が差し始めた。窓から見える空はすでに雨雲が切れている。

 畳替えのために書棚を整理。古い本を片付けた。そうしたら父の俳句が載った冊子が・・・。大事に大事にしまっておこうとどこかに入れた覚えはあるのだが、いつも間にかその場所を忘れてしまって、ときどき思い出しては探してみたものの見つからなかった、百子にとっては大事な父の形見である。片付けはそっちのけで、しばし読みふけってしまった。

 父・浩は明治44年3月29日生まれである。逝ってしまったのは、昭和54年11月9日。俳句、囲碁、謡を趣味とした。真っ先に思いだされるのは、机に向かって古文書を紐解いている史学者の父の姿だが、時には譜面台を前に謡をする父の姿も浮かんでくる。あの気弱な(そんな風に見えた)父はどんなふうな囲碁を打っていたのかも誰かに聞いてみたい。
 しかし父が一番好きで力を注いだのが、俳句ではなかったか・・・。
 父は昭和38年に和田杜笙氏が主催する句会の門下生になった。俳号は、百子が知ってるのは「百耕」であるが、その前に「寒泉」と名乗っていたこともあったらしい(先日長姉から聞いた)。
 
 父の俳句は、その句会報「桑珠」でしか見ることはできない。父の追悼特集には、和田杜笙宗匠をはじめとして、何人かの門下生が百耕の追悼を行ってくれている。逝ってしまった当時の上毛新聞にも、父百耕の俳句が追悼文とともにで紹介されたと聞く(百子はコスタリカ赴任中で父の臨終には立ち会っていない。だからその新聞も見ていない・・・)。
 一冊だけ、百子のところに残った句報「桑珠」から父の句をいくつか記しておこう。

     高井百耕  遺作抄
  四月馬鹿孫の言う嘘透き通る
  藁仕事鶏会釈して土間に入る
  魂が去れりと冬の蜂言へり
  長閑さをつけたす犬の大欠伸
  さきがけて梅の青枝がうちけぶり
  春愁の青年たちて指鳴らす
  春眠す余生きりなくあるがごと
  地虫得て話し相手の小ささよ
  人丸忌走り岩根を踏み詣づ
  鬼城忌や利鎌は鋼匂はしめ
  猫の子の客あるたびに顔を出す
  牙のなき犀の貌して温め酒
  冬構一見識のありて母
  鶏歩む木枯らしに尻たたかれて
  今朝秋や漬物うまき回復期
  生涯の長さ短さ冬の墓

 まだまだ百子の句は父・高井百耕の足もとにも及ばない・・・。
posted by 百子 at 15:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 俳句 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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