2012年03月27日

仕事年齢

 もう3月も終わりに近付いている。なにをした?うーん。何もしない。ただぼうっと。休養と言えば休養期間だった。
 本当はこの貴重な空き時間を、大学の先生は自分の研究とかに使うんだろうけれども。入試や期末の業務で忙しい先生方もいらっしゃるだろうけれども・・・。60歳を過ぎて特任という勤務形態(契約)の恩恵を受けて、委員会にも入らず、まぁ入試業務などはお手伝いをさせていただくけれども・・・あとはほとんど自宅研究日の連続であった。

 その契約もあと2年だろうと思っていた。その間にし残した仕事を片付けて…などとは漠然と思っていた。しかし、だんだんこのし残したと言う仕事も無理にすることはないなぁ・・・などと怠け癖が出て、今は全く手つかずの状態である。
 そうすると、この毎日が日曜日の春休み。俳句の本を読んだり、小説を読んだり、散歩に行ったり。時にはぼうっと一日中facebookをいじったりネットをみたり・・・と、あまり生産性がない時間の使い方をしてしまった。
 こんな生活が、退職後は始まるのだろうなぁなどと思っていた。
 
 今の主な仕事が終わった後は、通信教育のスクーリングのお手伝いをさせていただくつもりだった。アルバイト的な仕事である。今年、このスクーリングが10クルーも入っているのは、いよいよ事務局も、私の退職後のために用意してくれているのだなぁなどと思っていた。なら少し授業内容を変えてみようかなどと、関連の書籍を買い込み時々、開いてもいた。しかし、その多くの本は、まだ積んどくだけの物になっている。あと2年経てば生活の中心がこのスクーリングの仕事になるはずだし、そうすれば時間はたっぷりあるはずだった。
 
 そんな生活でちょっと緊張状態に置かれた外出は、医者通いであった。人間は暇であると、自分の体調に目が行く。百子も例外ではない。やれ、上腕が痛いのは神経痛かもしれない、とか、血糖値が高いからその影響かも・・・。お腹が張ってちょっと下痢などが続けば、大腸がんではないだろうか。さらにマッサージ。運よく?奥歯まで痛み出して歯医者へも・・・。やっぱり加齢には体がかてないなぁ。が実感でもあった。「見かけは体力がありそうで本当は、ひ弱いんだね」などとダンナ様もいう。だから後2年が仕事年齢の終わりと思っていた。

 そんな毎日のある日。契約更改の手続きに職場に行った。
 本年度担当する職務内容の確認のためである。それだけでなく、今年は契約期間の更改年でもあった。当然後2年の契約期間延長だろうと思っていた。それが通常です、とも聞いていた。ところが・・・
書類に書かれていた期間は、2016年3月31日までとある。後4年。絶句・・・。びっくり。ええつ?・・・・それで拒否したのかって?
いいえ!百子は頂いた仕事を断るようなことはしません。有り難いことです。本当に感謝すべきことです。しかし・・・
 直近の人生設計がくるってしまった事はたしかである。それに体力は大丈夫?一瞬そんな事が頭をかすめたのだが・・・。

 しかし、人間大したものである。ゲンキンなものである。というか百子がいかに気分屋かということでもある。
 急に仕事への意欲がむらむらとわいてきて、というか、なんだか急に身辺、片づけなければならない事への意欲がわいてきた。もちろん、あと4年間担当するであろう授業科目の見直し。スクーリング科目の改善、そして自分のやり残した仕事への意欲・・・さらにか生活環境の立て直し(今の自宅をを改装するか、あるいは売りっぱらうか)などと。
 病院通いしていたことが嘘みたいな気分なのである。 

 やはり、仕事はモチベーション。仕事への意欲をどう持ち続けるのか。その言動となるのはやはり、自分が必要とされているかどうかという評価かもしれない。(夫婦もそうかもね)
 評価に応えられない時が引き際なのだ。仕事年齢は実年齢ではない。自分で決めることではない。仕事のオファーがあるうちはがんばろうっと・・・。
 一体百子の仕事年齢は何才になるのだろう。








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2012年03月21日

詩朗さんのこと

 俳句の先輩詩朗さんが亡くなった。詩朗さんは前職の職場のときから随分お世話になった。奥様が同窓ということもあり、息子の結婚まで心配してくださったし、拙書の出版パーティーのときには、受付に座ってくださった。多くの俳句のお仲間に拙書の宣伝までもしてくださった。
 癌が発見されてから一年。あっという間のことだった。心からご冥福をお祈りいたします。

 手術後の去年の秋のことだと思う。句会からの帰り、有楽町線の中で詩朗さんは「群馬のおっきりこみを食べてみたいなぁ。どこで売っているのだろう。」と聞いてきた。
 
 「お切り込み」とは群馬の郷土料理のことで、地域によって入れる具材や味付けが微妙に違う。特にうどんは、太いということが、共通であり、丸いものから平べったいものまである。基本は醤油味だが、地域によってはみそ味のものまである。要は、うどんの煮込みのことなのだ。だから、それを商品化して売っているなどとは、あまり聞いたことがなかった。一度だけ、群馬の友人から、太田市の料亭で、この「おっきりこみ」を商品化したものをいただいたことを思い出したが、それを詩朗さんに告げることなく、地下鉄を降りてしまった。たぶんそれが詩朗さんにお会いした最後の時だと思う。

 詩朗さんが再入院されたと聞いた今年初めの句会。詩朗さんは、投句したすべての句に高得点がついた。感性が冴え過ぎているというか・・・病院のベッドで何回も推敲したのだろう。すごいなぁ・・・。
 と同時に、何か漠然としたいやな予感がした。詩朗さんを駆り立てているものは何だろう。・・・・・
 
 そして「お切り込み」のことを思い出した。すぐに太田市の店に手配し詩朗さんに送った。3センチもあるひらたい麺、醤油味のスープ、作り方のレシピまで付いているものだ。
 奥様はすぐそれを作ってくださったようだ。「病院に行くと、何も箸をつけていない昼食のプレートがありました。でも作った「お切り込み」を持っていくと、一人前ぺろっと食べてくれたのです。そして元気になりました。それを見た先生は、『しばらく家に帰ってみるか』って退院の許可を出してくれたのです」との嬉しいご返事をいただいた。

 それから約2ヵ月。入退院をい繰り返されていた詩朗さんはあっけなく旅立たれてしまった。
 告別式で奥様は「詩朗は、手術後何か生き急いでいるような感じでした。なにでも貪欲に行動しようとしていたような気がします・・・」とご挨拶された。
 
 悲しかった。詩朗さん。詩朗さんは奥様がいないと何もできないと言っていらっしゃいました。
食べながらご飯をぽろぽろとこぼすし、時々セーターも裏返しに着ていました。ぎっしりと書かれた俳句の手帳は、書いたご自身が読めない・・というような風でした。でもそのやさしさ、無邪気さ、正直さが、百子は大好きでした。(先輩なのにこんな表現は失礼なのですが・・・)
 
 ご冥福を心からお祈りいたします。








 
   
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2012年03月13日

小説

 木山捷平文学賞というのがあるらしい。
 会社を退職後小説を書き始めて5年、古希を迎えた先輩が受賞した。昨年、一昨年と候補作品になり3度目の正直で本年度受賞したのだという。昨晩、その受賞をお祝いする会に出席した。そしてその作品「異土」を頂いてきた。

 今日ちょっと空いた時間に読了。短編小説である。
 感想を書くなどというのはおこがましい。のだが・・・

 小説というのは難しい。ご本人もおっしゃっていた。長く新聞記者をやっていると、事実を事実をして私情を(主観)を交えることなく書く事を要求される。しかし小説はノンフィクションのルポタージュではない。何を書きたいか…何を読者に伝えたいのか、それを文脈に投じなければならないのだ。
 短編というのは、原稿用紙80枚ぐらいだと昔聞いたことがある。その中に自分の思いを、素材を通して表現しなければならないのだ。
 この、受賞作品は、そのずっと昔「熊野水軍」だったというルーツを持つ親族の歴史を、一匹の蝶(その蝶は季節後に北から南へ渡っていくという種類の蝶らしい)の話を軸に展開される。。新天地を求めて北米をはじめとする「異土」へ渡っていく親族の「移民」の歴史をなぞった小説でもある。

 率直な感想。
 小説家というのは自分の文体を大事にするという。この受賞作品の文章も例外ではない。
 まず、一つの文章が長い。その文章の中に、作者の感情の動きや、視点の変化が微妙に表現されているから、じっくりと区切り区切りで間をおいて読まないと、作者の感情についていけなくなる。そんな文章だ。文章が気持ちの動きを表しているから、時にはくどくなることもあるし、難解(ただ百子が理解できないだけのことかもしれないが)でもある。おおよそ元新聞記者の文章ではない。
 そうか、小説家はこうでなければいけないのか、などと改めて思ってしまう(反論もあるが・・・)。元新聞記者であった作者は、意識してこのような文体を選んでいるのだろうか。
 でもやはり、その新聞記者魂から抜け出られないところもあるらしい。特に中盤は取材記事になってるよな気がする(生意気なことを言ってすみません)。
 しかしだ。やはり受賞作品。最後の部分は、一気に引きこまれて読んだ。「精霊船」に乗って海に出ていくシーンから最後のまでの部分。そして軸になっていた「蝶」の話へと引っ張っていく部分は、あぁやっぱり「小説」家だなぁと思いながら読み終えた。

 文章を書くことは難しい。しかし楽しい。
 いつもこんなブログしか書いていないけれど、いつか「小説」を書いてみたいなと思う。モノにはならないだろうけど。
 
 受賞者である先輩はこんな話をされていた。「小説を書くということは、独りよがりに陥ってしまう危険性がある。自分の作品についての専門家の評価や講評がほしいと思った。文学賞に応募するということはそのためでもあった・・・・」
 
 とても勉強になったパーティーであり、受賞作品でもあった。次作は是非刊行物になった作品を拝読したい。




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2012年03月10日

気合を入れる

 ほらやっぱり。もう10日も3月が過ぎてしまった。こんな調子で一年が過ぎていくんだ。

 ぐずぐずしていられないと、昨日は「どこそこが痛い…調子が悪い・・・だるい・・・。などと言っていないで気合を入れて」とツイッターで宣言をした。今年の冬は、例年になく体がしんどくて、寒くて、痛くて休日となるとぐずぐず。仕事の次の日もぐずぐずしていた。そんな毎日から脱却。と、昨日は台所の徹底掃除。換気扇の分解掃除。床磨き。等々。午後は、書の稽古。「書道辞典」を手に入れたので、漢字や仮名の崩し方を勉強しながら、墨を摺り書いていく…でも2時間で飽きてしまった。・・・・・
 
 今日も外は雨模様。冷たい雨が降っている。

 「あなさぁ。東電の社長は政府を動かせるんだよ。だけど俺なんか何を言っても政府を動かせない。同じ人間なのに・・・同じ人間なのに・・なんでだよう」
 昨晩見た、NHKの震災特集での、被災者(原発〜35Km離れたところで酪農をしている経営者)の発言だ。
 牛に食べさせる飼料は汚染されている。牛乳を絞っても売れない。米は作るな・・・「いいことないよ」「どうしろといいんだよ」と、涙ながらに話す男性の顔に刻まれた深いしわ。警戒区域からちょっと離れた地域。南相馬市の酪農家経営者だ。
 「我々はモルモットさ。」「ここで夢も希望もなく子供も産めず死んでいくのさ・・・」と若者の投げやりな言葉。
 「何でこんな悲しい目に合わなきゃなんないのよ」「何で私たちが。。。」と泣きじゃくるギャル。

 そんな環境の中でも「学ぼう」「学びたい」と私設塾で放課後に学ぶ児童達の映像があった。若い子供たちが、復興のためには、復興の力になるためにはまず「学ぶ」とことが大事と気付いたのだという。そして「学ぶ」楽しさにもざめた子供もいるという。仮設住宅はせまくて勉強する環境はないのだ。

 こんな映像を見て考えた。私も、もっとちゃんとしなきゃ。一年前の大震災でまだまだ、苦しんでいる人の事を忘れてはいけないのだ。もっとしゃんとしなきゃ。ぐずぐず言ってられない。頑張らなきゃ。今はまず自分のできることをしよう。と。

 明日は、通信教育で学びたいと意言う人たちへの「ミニ講義」を担当する。テーマは「コミュニケーションスキルを学ぶということ」的なこと。学校で「学ぶ」楽しさを少しでも伝えられたらいいなと思う。
 レジュメを見直して、一人でも多くの人たちが「学ぶ」ということを、自分の意思で決めてくれるように話を再度組み立ててみようと思う。これが今の私のできることであり、しなければいけない事でもありそうだ。






 
 

 


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2012年03月04日

2月が過ぎて行った。また一年が過ぎていくく

 2月が過ぎて住まったと思ったら、もう3月。それも明日は5日。3月に入ったと思ったらあっという間に一日が過ぎていく。こうやって一年が走り出すのだ・・・。

 明日は伊勢原へ。会議の後送別会がある。だから句会も欠席だ。なかなかうまくいかない。
先日職場から自宅に送った書籍(仕事関係)も読まなければならない。もちろん新学期対策だ。新しい知識を仕入れて、少し授業プログラムを改善しようと思っている。
 短大に勤務していた時からと比べると、格段に自由になる時間が増えたのだが、胸に押しかかる重圧は確かに増えている。自分に悪振られた授業をやはり精度の高いものにしなくては・・・という気持ちだ。
 と言っても3月は、かなり時間がありそうだ。いやいや油断していてはいけないのだけれども・・・。書の展覧会はあるし・・・。

 先日酒粕を頂いた。甘酒ぐらいしか知恵のない百子は、ハタと考えた。酒粕…かす汁?この間は、テレビで酒粕のホワイトシチューをやっていたっけ・・・うーん。どうしよう。と思案した結果、魚の粕漬けを作ることにした。魚の味噌漬けは普段からよく作っている。その味噌を少なくして、酒粕を入れてみようか・・・。お酒で伸ばして・・・と、昨日ギンダラを買ってきた。
 さてさて、とりかかろうか・・・
 
 今日は、ゆっくり読書というか勉強の日。早めに雑用は片付けてしまわないと、3月の一日はあっという間に過ぎてしまう。
 さぁ始めるとしようか。



posted by 百子 at 11:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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