2011年11月30日

手術が終わった。

  やっと終わった。
 手術室に行くエレベータに、手を振りながら乗り込んでいってから10時間。
 ナースステーションの電話の奥から「…さんが戻りまーす」と連絡があり、それから10分後、酸素マスクと点滴を付け、顔から頭に包帯を巻き、横たわった姿で戻ってきた。うっすらと目を開けているような気がする。 ベットを引っ張る手術着のままの若い先生が、「無事終わりました」とだけ、ベットを取り巻く家族に告げてとうり通りすぎて行った。特別処理室へと消えていった。

 「『無事終わりました』確かにそう言ったわよね」と聞き返した途端力が抜けてソファぁに座り込んだ。よかった。想像されていた時間だけれども、硬いソファで過ごすこの時間は長かった。無事終わったぁ。無事なんだよね。昨日聞いた説明では、もしもの時のためにいろいろな対策が取られるとのことだったが、そのもしも、はなかったのよね。開けて見なければ、分からない事もあるなんて話だったけど、それもなかったのよね。よかった。・・・・・・・

 それからしばらくして、病室へ。意識はある。話すこともできる。頭が痛いと繰り返す。そうよね。切ったんだもの。少し我慢してね。
 そして、先生のお話があった。手術の動画を使ってである。そして出た内容は・・・。開けて見なければわからない事があった、のだ。ちょっとショックを受ける。
 そして食い入るように画像を見る。説明を聞く。そして納得。
 今後も、いままで通りの生活ができるし(「何も制限していませんでしたよね、日常生活?」「はい、お酒も飲むし飛行機にも乗ります。」と私。)さらに、くも膜下出血の危険性…すなわち瘤が破裂する危険性は、以前と比べて、格段に減ったのだから手術は成功なのだ。

 そこで知った事実。簡単に書けば、動脈が頭に入る場所があり、その場所、すなわち頭に入る前の瘤はくも膜下出血は起こさない。たとえ破裂しても治療が可能なのだそうだ。問題は、頭の中の動脈瘤。
 今回の手術は、瘤が、その境目にあり半分は骨にかかっていて、頭の外にある。だからクリッピングができなかったということらしい。しかし、しっかりと脳内にある瘤には、コーティングをしたとのことなのだ。
 まるで部品を取り扱うような画像であり、説明であった。専門的な用語を使いつつ淡々と説明してくださる話を理解しようと一心に聞いていたのだが・・・・
 一人になると怖くなった。だって頭の中でしょ。頭でしょ・・・。大変な手術よね。よかった。何も起こらなくて。よく頑張りました。
 
 その本人、ベットの上で、「おれは病人ではない。負傷者だ」って。その意気、その意気。あと少し頑張って!。







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2011年11月27日

筋肉が・・・

 年をとったと実感するのが、筋肉である。特に腕の筋肉。
 昨日は背中が痛くて、一触即発の風であった。ばりばり。朝風呂に使って筋肉をほぐし、夜、無理を言って入れてもらった近所のマッサージのお兄さんもびっくりするほどの凝りよう。さらに今回は、二の腕の痛さが極め付けであった。ん?と考えたら、2−3日前横浜から運んだ、入院の荷物。ダッフルバック一つ、そして手荷物二つ。ダッフルバックは担がなかったけれども、手荷物をぶら下げてきたのがいけなかった。

 二の腕の裏側は、若いころの筋肉が落ちで皮膚がたるんでいる。動かすとぶらぶらするぐらいだ(赤裸々でごめんなさい)。そして今度が表側。そう肩から少し下がったところ。少し残っていた筋肉が、重たいものを持って、伸び切ってしまった。そこからずうっと上に向かって肩に行き、そして裏側の肩甲骨の筋肉を引っ張って、というのがどうもマッサージのお兄さんの見たてらしい。念入りにその道筋をもみほぐしてくれた。急に体がぽかぽかとしてきもちがいい。

 昔は腕が痛い、なんていうのはあまりなかった。重たいものでも平気で持っていた。まさかそこがやられるとは・・・。歩く速さ、姿勢、などは気を使っているけれども・・・。
 寄る年なみには逆らえないというところか。今日はキャリーケースを持って、病院に行くつもりだ。
 
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2011年11月26日

看護(2)

 8時になるのを待ってメールを打った。病室で携帯は使ってはいけないらしいけれども、どうも皆さん、消音で遣っているらしい。しかし・・昨日「あれ、消音できない」と携帯をいじくる姿が・・・・。朝から携帯を鳴らすのも迷惑だろうと、朝食の時間になるまで控えていた。
 するすぐ返事が・・・「消音できたよ。」「病院の飯に飽きたら昼は一緒に院内のレストランで食べよう」だって。えっつ。まだ3食しか食べてないのに・・・。先が思いやられる。まぁそれも手術までか。今日・明日は週末だから、緊急患者でない当人は病院にいてもなにもない。ただただ、火曜日の手術を待つだけである。それまではできるだけ暇つぶしのお相手をしてあげよう。

 ところが昨日の疲れで、百子の体が危ない。昨日は帰るなり、バタンと横になって少し眠ってしまった。そして早めの就寝。いつもの時間に起きると、背中がバリバリである。ヤバイ。こんな時は何かの拍子で、背中の筋肉が悲鳴を上げる、そんな一歩手前だ。
そこで、湯船につかる事30分。どうにか体を温めていま10時。
 少し月曜日の授業準備をしようと思っていたのだけれども、どうにか目途が付きそうなので、それは、今夜の仕事に回して、これから百子がかかっている病院へ行って薬を補充してから、入院先の病院へ向かう。12時に病院の11階のレストランで待ち合わせ。昨日一人で行ったのだが、パレスホテルの直営らしい。富士山がよく見える。
 さてと。正念場。がんばろうっと。





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2011年11月25日

入院

 家人が今日入院した。朝10時までに入院するようにとの指示で重い荷物を持ってS町の駅に。入院に必要な物に関しては、「入院案内」に書かれているのだけれども、どれだけの量を持って行ったらよいのかよくわからず、結局当人の判断に任せたのが仇?。それでも下着類、フェースタオル類は、「毎日汚れものを取りに病院に行くからと」、説得して量を減らしたのだけれども、「バスタオルは、おれは使わん!今治市のタオルは吸湿がいいからそれがあればいい」との一点張り。パジャマは病院からのレンタル。まぁそれはいいでしょう。しかし、「汚れものを入れる袋を持って行った方が・・・」「バスタオルは絶対必要よ!」「風呂敷が便利だから風呂敷に包んで入れましょう」「キャリーケースの方がいいんじゃないかしら・・・」等の提案は、バッサリ却下されて、結局大きなダッフルバックを担いでの入院となった。

 しかし、入院後・・・。看護師さんからの説明で、手術用にバスタオル数枚・・・。汚れものを入れる袋も。「手術後、部屋が一時的に変わりますので、荷物をまとめて運びやすいように・・・」などの指示が。

 今日は入院と、検査。看護師さんからの入院に際しての説明と、いろいろな質問・確認。担当医の先生方(3名いらっしゃる)がご挨拶にいらっしゃるとのことだったのだけれども、「手術が長引いていて何時になるかわかりません」とのこと。当人は、重たい荷物を持っての入院に疲れたのか、レンタルのパジャマを着てベットでうとうとし始めた。そんなわけで、私は早めに病院をでて、デパートに走った。そして帰宅。入院準備のし直しである。明日はキャリーケースと風呂敷、ごみ袋などを持っていかなければならない。

 で、さっき当人からメール。「手術後の移動のために、荷物をまとめやすいように風呂敷がいるなぁ」「ダッフルバックでは移動しにくいなぁ。」だって。だから言ったでしょ。人の意見聴きなさい!入院回数では私の方が多いんだから。
 さらに
  冬茜クレーンのよぎる富士の山    てるお
だって。のんきに俳句なぞ作っている。そうなんです。その病院の窓から富士山がくっきりと、かなり大きく見えるのです。そしてその富士山の方向には、大きなクレーンが・・・。百子だってちゃんとチェックしてます!でも私は俳句どころではない!
 
 まだ、担当医の先生方はお見えにならないそうだ。手術が長引いているのかなぁ。待合室で手術が終わるのを待っているような家族の姿があった。(お母様と息子さん二人・・・)。朝からずうっと座っていらっしゃった。やはり手術は大変なんだ・・・。うーん。気が滅入るぞ。そのご家族の姿は当人も目にしているはず。
 
 うん。本人のノウテンキぶりはカモフラージュ?か。





 
 
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2011年11月23日

発散!

 昨夜は、本当に楽しい一夜だった。夕方6時半から。気がつけば10時半を回っており、さらに追加で二ー三十分。多分自由が丘を乗ったのが11時半ぐらいだっただろう。もちろん帰宅は12時半を回り・・・。
 いつもお近くにいらっしゃるのだが、お目にかかれない方との食事会であった。こんな風におしゃべりをしたのはもう何年も前のような気がする。いつも若々しくて素敵な大先輩である。
 おいしい日本食を頂き、お酒もすすみ(多分百子は3本ぐらい冷酒を飲んだ)。そのうえ、お祝いまでいただいてしまった。フクロウのピンブローチ。うひひ。素敵ですよう。

 それにしても。あんなに時間を感じさせないぐらい楽しくおしゃべりができたのは、その方のコミュニケーシションスキル?ただ聞いてくださっているわけではなく、ご自分のこともさりげなくおしゃべりしながら話題はあっちへ飛び。こっちへ飛び。
 まぁもっぱらおしゃべりは、われわれ二人で。隣に座っていた、女史は居眠りをしていたけれど。彼女どこでも寝てしまうんだ。教授会でも。それもボールペンを持ちながら。ふふふ。仕事忙しいからなぁ。今日は出勤らしいし。ごめんなさい付き合わせてしまって。
 無事出勤できたかしらん。
 そして、大先輩。いつまでもお元気でご活躍を!

 久しぶりにおしゃべりしできてとてもうれしかったです。ありがとうございました。





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2011年11月16日

時間は作るもの

 なんだかすごい勢いで仕事が湧いてきている。大学祭で休みぃ!なん思っていたら、そんなことなくて、結局先週から連日で出勤している。今日もこれから伊勢原だ。
 要するに自分で仕事を作り出しているだけなんだけれども・・・。昨年と同じ授業をしていればいいといえばそうかもしれないが、今年はこうやってみたらどうだろう、これも取り上げたい…なんて思ってしまうから授業準備が大変になるのだ。
 一応統一された簡単なマニュアルを元に全学年で進んでいる授業もあるのだけれども、ん?「キャリア」のプログラムでいきなりこれ?・・・なんて思ってしまうから、変えたくなる。変えるとなると自分で準備しなければならない・・・のだ。やっぱり「内的キャリア」から入るべきでしょう・・・などと、昔取得したキャリアカウンセラーのテキストを取り出してみたりする。
 こんな調子だから時間が足りない。

 と今日は予定外に出勤して(自宅から直接、会議がある伊勢原に行く手もあったのだが・・・)準備を終えた。月曜日の一限の授業。あとは来週火曜日の授業準備。と論作文の添削。
 えっ?ブログなんか書かないで、仕事すればって?そうなんです。でもあと10分で出かけなければならない。要は今はちょいと空いた時間。なんです。

 という調子なのに、明日からちょっと気晴らしに温泉に行く。それも長瀞と近場。女友達数人と。残りの仕事は週末にしようと思っている。マッサージをしてもらって、紅葉を見て、温泉に入って、おいしいもの食べて・・・気晴らしじゃ。忙しい忙しいと言っていては体力がまいってしまう。時間を無理に作り出すことも必要なのじゃ。忙中閑有である。

 と言っても来週からは又猛然と忙しくなる。旦那さまの入院から手術へ。そのために出さなければならなくなった休講の補講を土曜日に。そうして息子の結婚式と「書」の忘年会お稽古。今年は休むことが多かった句会の今年最後の会と忘年会。久しぶりに開催される「鍋物研究会」の総会。おっと「杖道」の忘年会もある・・・。もちろん授業は毎週。そうだ…来年度入ってくる新入生の入学前授業も今年から12月の週末に入ったんだ・・・。

 あぁ。今年いっぱい息き抜く暇なし。そのためにも、あと一か月がんばれるように明日からの「湯治」に期待しよう。活力を蓄えてこよう。
 あぁもう出発の時間だ・・・



posted by 百子 at 12:15| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月13日

卒業生

 秋晴れの日曜日。学園祭というか大学祭2日目。学校に向かう地下鉄を降りたところで同僚から電話があった。
 「短大の卒業生が先生にあいにきてますよぉ。学校にはいらっしゃらないのですか」と。
 「あと30分でそちらにつきます」。

 今年、卒業して5年目にという。小さな坊やを連れた卒業生二人。そのうちの一人はまだ仕事を継続中とのこと。今は時短勤務。
 二人目がおなかにいるというもう一人は「私何もしてなくて…ただだ子育てだけ。そのうちこの子たちが大きくなったら皆のように社会に出る!」と頼もしい発言。
 ホテルに就職した卒業生3人は3人ともホテルを辞めて転職していた。やっぱりホテルは厳しいのか・・・。
 大手銀行に就職した一人は、それでも現在転職活動中とのこと。そのバンク。統合や人員削減が先日ニュースになっていた。っけ。
 今マスコミをにぎわしている、大手メーカーに勤めた彼女が心配だったけれど・・・。それも財務部!話を聞きたかったけれども、今日は、資格検定試験の手伝いとのことで会えずじまい。でも結婚したらしい。えっつ?同じ会社の人?いや警察官。そうか前つきあっている人が警察官だって言っていたなぁ。よかった。
 などと話を聞きながら、再会を約束して別れた。同じクラスだった友達との楽しそうなおしゃべりは続いていたけれど・・・。

 「先生の本読みましたよ。ほんと元気が出ました。子供を育てながら私も仕事続けていきます!」銀行に勤める卒業生の言葉に・・・。そうか、あの本は在学中の彼女らにはまだ早すぎたかもしれないけれど、これからの人生、何かあったときにぜひ読み返して、そしてまた会いに来てほしいな・・・と嬉しくなった。
 
 まだ窓の外では、楽しそうな学生たちの歓声が響いている。大学時代をどう過ごすか。どんな友と出会えるか・・・。それを生涯の財産にして欲しいとつくづく思う。



posted by 百子 at 14:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月10日

法要

  昨日は父の33回忌であった。
 群馬県・苗が島にある「霊松山歓喜院金剛寺」に姉・兄たちと集まり、33回忌の法要を行った。

 群馬県赤城山ろくにある、このお寺さんに向かう道すがらから見る景色は、秋・秋・秋。田圃の片隅に咲き乱れる色とりどりの小菊。農家の庭先にたわわになる柿。色づき始めた雑木林・・・。ちょっと肌寒い風。一年で一番”色”が多い季節なのだろう。何だかほっとするような懐かしいような静かな景色が広がっていた。
 こんな季節に父は逝った。命日は11月9日。まさしく昨日。

 たまに訪れるこのお寺。調べてみるとだいぶ古いらしい。本堂の天井に書かれた絵図。欄間に描かれているのは、「二十四孝」の話だという。12月になると本堂は、ストーブを焚いても冷え冷えするらしい。本来は、天井までの大きな「たて戸」があって、3つの部屋に分かれていたらしいが、学童疎開の子供たちを預かった時、その「たて戸」をはずし、暖を取るために燃やしてしまったと住職は話していた。だから本堂は、がらんとしている。
 境内にある大きなしだれ桜の木はもう葉を落とし、すっかりと冬の準備を整えていた。

 次回あの寺に行くのは、調べ物の材料が整ったときになるだろう。家の系図を調べてみたいと思っている。

 そしてつらつら考えた。ひょっとして今年は父の生誕100年目に当たるのではないかと。家に帰り父が生まれた明治44年、そして大正・昭和・平成へと続く年表を計算して・・・やはりそうだった。今年の3月29日は父の生誕100年目にあたっていた。何と親不孝な娘であろう・・・。気が付かなくて。
 きっと墓の中で、苦笑いしているだろう。決して自己主張することなく淡々と生きてきたような父だったと思っている。「やっと気がついてくれたのか」などと言って。ごめん。

 父・百耕の33回忌に寄せて
   どてら着る後ろ姿や百耕忌    高井百子
   ぬくめ酒田楽捧ぐ百耕忌       てる夫

   牙のなき犀の顔してぬくめ酒   高井百耕
 私の好きな父の句である。父と俳句談義をしてみたかったな、などと思っている。父が逝ってしまったのは、百子が30歳の時だった。コスタリカに発ったばかりの時で、百子は父の葬儀にも立ち会っていない。






posted by 百子 at 14:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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