2011年09月30日

9月最終日・体調管理

 なんだか本当に9月ってあったの?というような早さで9月が終わる。
 朝はそれでも青空が広がっていたのに、もう今は一面うす曇りだ。雨が降り出すらしい。そして急激に寒くなるという・・・。

 それでも、授業は始まり・・・日常がいつものように順調に過ぎて行くようになった。体調も悪くはない。昨日行ったマッサージのお兄さんも、「肩や背中はなかなかいい感じですよ。指が入るし・・・ひどい時はバリバリで入りませんからねぇ」と。そうなのだ。時々ひどく疲れるけれど、前のようにそれを引きずる事はない・・・・。
 で、少し痩せたかなと期待をして人間ドックに行ったのだけれども・・・「増えていますよ!」って若い女医が。 「高脂血しょうの薬も飲んでるのではありませんか?ちゃんと申告しないと!。血圧が140ありますよ」などとタカピシャに言われて、ますます血圧が上がってしまったんだ。(だっていつも行くお医者さんには、「血圧は大丈夫ですね」と言われているし、もらっている薬だって 、コルステロールの薬と血糖値を下げる薬だけだし・・・)。めんどくさいから、黙っていた。

 で、今日はいつも行く近所の医者に。実は人間ドックに行く前に血液検査をしてあったのだ。このお医者さんは、春先に「帯状疱疹」を患ったときに、埼玉県の緊急医療センターで紹介してもらったところだ。その時から、以前通っていたお医者をやめて、持病の管理すべてをしてもらっている。布袋様のような顔をした年輩のお医者さんである。以前のお医者さんは、机の周りが書類だらけで座るところもなく、立ったままカルテをひっくり返しひっくり返し診察する。だから一人の患者さんにかかる時間が長く、通院が半日仕事になってしまった。
 しかし今度の布袋様のようなお医者さんは、すべて患者さんの情報をPCで管理しているらしいから、診察室はすっきり広いし・・・早いし。それになんといってもおおらかというか適当?で、どうも百子と波長が合う。「まぁこの程度の数値なら、大丈夫でしょう・・・。」と少々基準値を超えていてもにこにこと笑っている。前のお医者さんなら「運動してくださいよ!このままいけば大変なことになりますよ!。漢方の薬もきちんと飲んでください。そうすれば2-3kgすぐに痩せますから・・・・」などといつも怒られたり説教ばかりされて、帰りには、山程の漢方の薬を抱えて帰る羽目になっていたのだ。
 
 で、今回の検査の結果というと、コルステロール関係は、きれいに(というほどではないけれど)改善されて・・・。ほらみろ。かなり食事に気を使ってるからだ。血圧だって平常値。この調子この調子。ただ、血糖値は変わりなく・・・まあこれは遺伝ということもあり・・・新たに薬を一種類飲む羽目になった。布袋先生「まぁ。ゆっくりやりましょう。食前に飲み忘れたら後でもいいですよ。そんなにきりきりしなくても・・・」とおっしゃる。もちろん以前のお医者さんに指示されて飲んでいた漢方薬はなし。
 よし!あとは、もうちょっと体重を減らすことだな・・・。

 体調管理は、指示されてやるものではなく、自発的にやるもんなんだ。
 などと、思いながらも検査結果に気をよくして、医者の帰りに、大きなチャーシューの載ったギトギトラーメンを注文してしまった。反省!。半分も食べられなかったけれども。まだもたれている・・・。あぁ。今夜は野菜だけにしよう。自己管理、自己管理だ。






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2011年09月26日

授業準備

 今日から担当の授業が始まった。 今日は2コマ。明日は・・・ぎょっとするコマ数が・・・。小学校なみ?まぁしょうがないと、老体に鞭打って頑張ります。

 後期は、ビジネス実務関連の授業が多いので、これまた頭が痛い。なにせ「自分は仕事ができる」という自己効力感がかけていると思っているからだ。
 確かに企業勤務のときは、仕事が楽しいと思ったことも多かった。しかし、振り返ってみれば、自分の好きなことをやってきただけだ。ファイリングなどの定型的な仕事は苦手だったし、マネジメントの基本を意識して組織運営をしたことはあまりない。その場の仕事に精いっぱいだったし、組織論やPDC理論を建前にて仕事を進める余裕はなかった。PDCは、それが仕事にとっては当たり前だと考えていたから、当然こととして進めていた。
 ところがである。ビジネス実務関連の授業では、まず基本的な理論やシステムやスキルを取り上げなければならない。組織論の本やリーダーシップの本を読み、ファイリングの基本の本を読み、なるほど、と自分の行ってきた仕事を振り返りながら理解し、教材を組み立てる。文章関連では先輩にお教えを請いながらどうにか授業を進めたり、ビジネス実務関連の資格検定の参考書などを参考にしている。
 企業人としての実務の経験が役立ってるといえばそうなのだけれども。演習科目であるから、どうにかグループワークで疑似体験を学生にしてもらいながら、実務の基本的な理論とスキルを体験習得してもらえばいいのだろうけれども、教える方としては、不完全燃焼感はぬぐえないのだ。 

 というわけで、これらの科目を担当してから3年。毎年授業内容を少しずつ改良して行く作業に追われている。まだ完成版とはいかない。
 で、今日はこれからその作業にかかる。とりあえず明日の授業のレッスンプランを見直して予定を立てる。こんな作業が、後期の授業が終わるまで毎週続くのだ。



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2011年09月20日

「書」。「秀作」?

 朝から雨。今日は職場へ。研究室の掃除と片づけ。授業準備である。あっという間に夏休みが終わってしまった。
やはり朝から妙な緊張感が・・・。あぁあの報告書の締め切りが・・・とかいろいろな事が頭の中に渦巻いている。仕事バージョンに気持ちも体も持っていかなければ・・・いけない。

 そうだ。どさくさにまぎれて忘れていたけれど、長野県現代書藝展(10月9日、10日)於 長野県松本文化会館に、百子の書が出展されている。それも「秀作」だそうだ。淡墨の一文字「W」(てる)である。夏の合宿(7月)で長野の先生(守田美恵子先生)のご自宅で書いた。合宿は年に一度の「書の会」の大イベント。メンバーのうち十数人が先生のご自宅に集まり朝から夕方まで(夜は?もちろん酒談議)みっちり練習する。先生のご自宅は昔ペンションをやっていたという建物(先生は廃業したその建物を買い取って東京から移住したのである)だから部屋も多いし、何といっても離れの練習場がある。そこで先生の、ぶっとい筆を借りて、バケツを持って書くのである。最近は淡墨に挑戦している。
 
 といっても、百子の怠け癖とサボり癖が消えるわけではない。何かと言いわけをして、練習を切り上げたりする。その一つが炊事。中腰になって、一気に書く淡墨は、何しろ疲れる。腰が痛くなるし、太ももが張ってしまう・・・。そこから逃げるために…炊事当番を買って出ているのである。お昼、夜、と十数人の食事の支度をするのも、またまた百子の合宿の楽しみなのである。何しろ先生のところの台所は、火力の強いガス台があり、大きな鍋があり・・・食材は野菜中心だし。「書」を書いているより料理をしている方が楽しかったりして・・・。

 でも今回はちょっと集中して書いた。へへへ。何を隠そう「W」という字は、だんな様の字なのである。おろそかにはできない。
 えっつ。では「秀作」は先生からのご祝儀?だって?
 そうだろうなぁ、自分としては不満足なできだ。

 だからまさか入選するとは思わず、表彰式が行われる日に仕事を入れてしまった。展覧会にも、表彰式にもいけない。ちょっと心のこりでもある。









 
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2011年09月18日

敬老の日

  朝から風が強い。空は青く晴れ渡っている。日中の熱さには辟易するけれど確実に秋は来ている。
 連休の中日。敬老の日近しとあって、隣の老人ホームの玄関がにぎやかだ。子供の声も聞こえたりする。そうか、何年か前には必ず母を見舞っていたっけ。秋のお彼岸と兼ねて・・・。
 そうしていよいよ後期の授業が今週から始まる・・・。一体いつまで仕事を続けるのだろうか。毎日が日曜日となるのはあと何年後なのだろう・・・。子供たちが、敬老の日に百子を見舞う、そんな日がいつか来るのだろうか・・・

 最近、近しい友人の一人が、新卒の時からから途切れることなく働き続けた会社を辞めた。
 「白い小さな帆を掲げて9月の海に漕ぎ出します」というメッセージが届いていた。生活の一部になってた仕事。それが途絶えるというのはどんな気持ちなのだろう。まぁ彼女の事だから次の仕事を考えてるだろうけれど・・・。そして私もそんな日が来るのだ。

 体が調子いいといつまでも続けたいと思う。しかしいつ体がダウンするかもしれない・・・。特に最近はちょっと仕事を入れすぎるとしんどくなる・・・。なのに、先日も予定してなかったスクーリングを頼まれて入れてしまった。「あんたも人がいいねぇ」などと言われながら、来た仕事は断れない性分でもある。
 それが、向うから「もう仕事は結構です。お歳ですから」なんて言われてしまうのである。そうしたらどんな気持ちになるのだろうか。
 その時のための準備をそろそろしなければならないのだろうか・・・。

 「敬老の日」を祝ってもらうことが楽しみになる…そんな日が確実にくるのだ。
 そろそろ始まる授業のための準備をしなくちゃという気持ちが、どこか遠い。






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2011年09月16日

「タネが危ない」野口勲・日本経済新聞社 を読んでいる。

 タネが危ない.jpg日本経済新聞社 野口勲著
                  菅原文太・木村秋則推薦 1600円+税

 珍しく科学もの?である。最近日経からこの手のものが相次いで刊行されている。たとえば木村秋則さんの、リンゴの本はベストセラーになって、一大ブームを巻き起こし、彼は講演で引っ張りだことなりテレビでの露出度がました。 また菅原文太さんがベトナムで農業をやっていることを知っている人もあまりいないだろう。
 これらの情報をもたらしてくれ、またこの本を送ってくださったのは、日本経済新聞社編集委員のK氏である。今彼が手がける本は、これら農業にかかわる本や、私の履歴書に見られるような「人物伝」が多い。精力的に新し情報を次から次へと送り出してくれている。彼が手がけた、プロゴルファーの「青木功」の本は、思いもかけなかった青木の姿と心を見せてくれた。
 彼が送ってくれる本は、百子に新しい世界を広げ出しくれている。これも「本」の効用だろうか。感謝感謝である。

 この本は、わが国でただ一つ「固定種」タネを取り扱う著者が、今ほとんどの野菜や果物で使用されている「F1(第一種)種」を生み出す技術が抱えるリスクを指摘し、そしてその「F1種」から生まれた食物を食する我々への警告を「漫画」や事例を持って指摘している。
 「F1タネ」とは、事なる性質のタネを人工的にかけわせて作った雑種の一代目。「F1」種から生み出される作物は、形が均等で収穫、販売しやすい。しかしそれとは真逆にある「固定種」から採れるたとえば野菜たちは、不揃いではあるが、味は旨い。
 この「F1種」は、タネができない「雄性不稔」種で、その生産過程は、二酸化炭素を利用したハウスで、ミツバチを使って(ミツバチは二酸化炭素の中でも活動ができる)受粉させているという。しかし、ここで使われているミツバチが消滅しかかった・・・なぜか。
 「雄性不稔」は、ミトコンドリア遺伝子の異常から起こるらしい・・・。要するにこの「F1」種を生み出すための受粉に使われるミツバチのミトコンドリアがまでが・・・。
 では「F1」種で育った野菜や果物を食べ続けている我々は・・・。

  著者は漫画家手塚治虫「火の鳥」の初代編集者であった。手塚治虫の「火の鳥」をはじめとする、文明の発展が及ぼすかもしれない人類への警鐘を含んだ手塚治虫の漫画の内容と「タネ」の話が交錯する前半部分が面白い。

 危険性は分かるけど、じゃあどうしたらいいの。スーパーでは、「F1種」の野菜しか売っていない。毎日食べるしかない。どれもが均一で同じ味の野菜。著者は、「固定種」を使った自家菜園を呼び掛ける。

 そうか、やはり食の安全は自分で作り出し自分で守るものなのか・・・。昔小さい時、自分の畑で採れたトウモロコシを軒先にぶら下げて翌年播くタネにしていたご近所の風景がよみがえってきた。あのころの野菜は不揃いで、でも畑から失敬して食したトマトやキュウリは本当においしかったなぁ。今から考えれば、安全で、旨く、そして安かった。
 
 でも自家菜園をする知恵も土地もない人たちは・・・・。




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2011年09月15日

マンションの理事会

 今年は自宅マンションの理事をやっている。新築で引っ越してきてから18年。理事は区分所有者から抽選で決まるのだが、どうも4-5年前にもした気がしている。そうだマンション築後15年の大規模修繕の翌年にやってるからまだ3年前か。なんとも、くじ運が強いようだ。理事会は2カ月に一回土曜日に開かれている。まぁ後期の週末は、スクーリングが入っていないから出席できるかな?句会とぶつからないといいんだけど…という程度の問題だ。しかし・・・実際に、理事会に出てみると・・・。

 前回の議題で審議「保留」になった懸案が一つ。「大規模災害の時、救援や安否確認のために活用する居住者の名簿を住民から取って理事会が管理したらどうだ」という、管理会社からの提案である。はてな?何だか違和感がある。議題からいえば、そして今の世の中の現状からいえば至極当たり前の話だ。しかし何か違和感がある。
 と、一人の理事が発言した。「理事会が管理って、今このマンションには災害時に理事会がどう活動するかのマニュアルもないし、はたして毎年変わる理事数人に、大災害時に何ができるのでしょうか。賃貸で入居している人もいるし・・・。その人たちは?」
 たしかに。
 20年近く(今年で19年目か)住んでいるのにこのマンションに住んでいる人全員を知っているわけではない(規模が小さいマンションではあるが)。何かあれば隣の人ではなく、このマンションが建った時からいる「管理人」さんに相談し・・・。なにしろ、埼玉都民といわれるように、ほとんどの人が東京に仕事を持ち夜寝に戻ってくる人たちばかりだ。最近では、リタイアしたらしき人の姿もお見受けするが、ほとんど付き合いはない。
 住居者氏名は入居した時に管理会社に提出した。しかし、もうずいぶん前のことで、百子の家でさえ同居人の息子三人はとっくにこのマンションを離れている。それを取り直したら?住民票だってあるし…このマンションは一応地域の自治会にも入会しているし・・・いざという時には自治会を頼るほうがいいのでは・・・などの意見が出て、一応審議保留。
 
 確かにこんなご時世では、近隣の人たちとの助け合いが大事なのだが・・・これは名簿を提出してもらったらできるというものではない。管理組合が、居住者に対して災害時にどう向き合うかの根本的な議論とマニュアルの整備が先決なのではないだろうか。
それまでは、一人一人の普段からの自発的な行動に頼よるしかない。それって付き合い?付き合いの嫌いな人もいるし…できない人もいるのだけれども。まぁ同じマンションに住む人たちの良心を信じることにしよう。もちろん百子を含めて。

 で、理事会として承認された議題の一つは、水道のタンクに蛇口をつけよう、ということ。このマンションは平地におかれた水道タンクの水を電気で、各階に送っている。電気が止まれば当然断水。そこで蛇口を付けて、停電時にでも最低必要な水を住民に提供しようということだ。タンクには常時、このマンションの住民に必要な最低量の水、3日分ぐらいの蓄えができるらしい。
 これは理事全員が、異存なく賛成した。
 
 次回の理事会は、11月。それまで何も起こりませんように・・・。






 

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2011年09月08日

「加齢」

 今日からいつもの仲間がシベリア鉄道の旅に出発する。さっき成田に集合している伊藤洋一さんから電話があった。旅行記は、彼のブログに毎日発信されるだろう。http://www.ycaster.com/。ちょっと行きたかった気もするが、まぁあきらめよう。

 日差しは暑いがもう秋だ。秋だ。あっという間に日がっ経ってしまった。そしてこれから年末まで公私ともども忙しい。特に10月から年末まではあっという間に過ぎてしまうだろう。そうするとまた新し年が。確かに年ねん月日が過ぎていくスピードが速まっている。
 
 「加齢」という言葉がいまいましくも胸にずきんときている。
疲れても「加齢」、目が見えにくくなっても「加齢」、忘れ物をしても「加齢」の一言ですべてが片付けられてしまう。自覚をしなければいけないのだ。いままでのように頑張ってしまうと、そのあとが大変になる、ということを念頭においておかねばならない。これがまた難しい。
 先日もそうだった。北海道から帰って2-3日後に能登。無理をした気持ちはないのだけれども、帰ってきた次の日にはダウンしてしまった。うとうとと眠り続け、それが過ぎたのか今度は頭がすきんすきんと痛み・・・。結局その痛みは、いつものように仕事で体を動かなければならないようになるとどこかに行ってしまったのだけれども。
 コンスタントに動いていないとだめということなのだろうか? とにかく、自己管理が難しい。これも「加齢」のなせる技。

 それにしてもいつから「加齢」という言葉が言われ始めたのだろう。昔はあまり聞いたことがなかった。そうこうしているうちに「アンチエイジング」なる言葉がはやり出し・・・。それと引き換えに「加齢」という言葉が出てきたように感じる。
 まぁ「加齢」意味はよくわかるのだけど、当事者にしてみれば忌々しい言葉だ。



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2011年09月05日

能登の旅A友人のこと

 能登の旅は、旧友との旅であった。今年は総勢8名。全員集合となると9名の仲間だから今年は一人欠けた事になる。
 旧友との付き合いはもう35年以上になる。大阪で長男が生まれて間もなくの頃からだ。ほとんど皆、近くに親族がいない人ばかり。結婚して一人目の子供を授かるころからだ。子供ができても近くに助けてくれる親族などいない。実家を離れての子育ては心細く…そんな時同じような状況にあった人たちが自然発生的に声をかけ合ってできた仲間だ。だから友の年齢は、上は70歳近くの人から一番下は60歳近くの人までいる。子供たちの年齢は、もう40歳近くになってる娘やまだ20代後半までいる。
 いつもは同じマンションで一緒に遊んだり、お昼を食べたり…そうこうしているうちに、一人、二人と、転勤で東京に戻る友人が出始めた。百子はコスタリカへ転勤である。そんな時から年一回。子供一緒の旅が始まったのである。
 ご主人の会社の保養所等が多かったのだが、子供が大きくなるにつれて(そう高校生ぐらいまで一緒に来たかなぁ)、保養所のない地まで旅行をするようになった。母親だけの旅行である。近年では、紀伊の熊野古道、城崎温泉、男鹿半島から青森の旅、もちろん近場では箱根、軽井沢・・・と続いている。

 そのまま大阪で暮らす友3人。あとは東京近辺に住む。子供たちは結婚した者、依然と独身の者、職業は医者や銀行勤め、広告代理店や着物屋さん、娘も息子も仕事についている者がほとんどだ。中には外国に住んでいる娘もいる。 毎年近況報告をしあっているから大体どれのどの子がどうしているかお互いが分かっている。
 仲間の多くは、子供が大きくなるにつてれ専業主婦から脱却し何らかの仕事を始めた。中には闘病を続ける御主人を献身的な看病で見取った人もいる。もちろんバツイチになった人も・・・。

 どうしてこんなに長く友達関係が続いているのだろう。よく言われる。
 まず第1に、旦那抜きの付き合いで始まった(だんなさん同士中がいい人もいるが)。第2に子供が小学校に上がるぐらいから皆別々の地にすむようになった(学校が違う)。第3は皆生活環境が似ている(だんなは皆団塊の世代のサラリーマン)第4はみな、それぞれ個性的で面白い人たちである・・・(相手を受け入れるおおらかさがあるのかな)。

 その人たちとの旅行は・・・本当はどこに行こうと同じ。何しろ、おしゃべりおしゃべり。景色など眼中にないみたい。行動的な人たちだから目いっぱい観光ルートを組むのだけれど(行きたがるのだけど)、どのくらい印象に残っているのかなぁ。観光地でちょっと休憩とお茶の時間にしようなら、何時間でもそこでのおしゃべりが始まるく。お尻に根が生えてしまったように・・・。
 話す内容は、オットのこと、子供のこと、最近では孫のこと、友人のこと、病気のこと、まぁまぁ自分のこと中心の報告が延々と続く。それと昔の話・・・・。時には、たとえば5人のグループで話しているのに同時に3人の声が聞こえる事もあるのだ・・・。

 まぁ一年に一度の逢瀬。
 今回も奥能登を中心に能登半島の先端をほぼ一周したのだけれども、チャーターした大型タクシーの中でもおしゃべりは続いていた。
 そして最後に出た言葉は「もう海を見るのは食傷気味よ」
 あれつ。そんなに景色を見ていたの?
 こうして能登の旅は終わった。

 来年は、岡山・広島を中心に旅行をする予定である。

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2011年09月04日

能登への旅

 稚内から帰って、からまたすぐ能登へ旅立った。旧友との年に一度の旅である。今回はなぜだか、能登観光特使仁任命されている友人を幹事としての旅である。結果的には、能登半島はくまなく見学。最終日には七尾市の美術館まで見学できるという充実した旅であった。
 その中でも・・・恋路海岸・・・。ネットによると以下のように出ている。

恋路海岸
七尾北湾に位置する恋路海岸は穏やかな景色の中、見附島まで緩やかな砂浜が続いています。その名前の由来となった悲恋物語の主人公「鍋乃と助三郎」の銅像が飾られており、恋人同士の幸せを運ぶという鐘も設置されています。

 その鐘は現在、下記のようになっています。そしてつけられていた名前が・・・えんむすびーち  goodではありませんか。

         えんむすびーち.jpg

 台風が近づいていたらかカップルの姿は見当たりませんでしたけれども。



              
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