2011年04月30日

連休のいちにち

 連休二日目。今年の連休は仕事だ。月曜日はいつもの通りの授業。3日から5日は通信教育のスクーリング。週末は、震災で行きそびれてしまった母の墓参りをする予定。5月10日が母の命日である。丸3年が過ぎた・・・。
 花が一斉に咲き始めて、新緑がまぶしくなってきた季節なのに・・・。テレビは、相変わらずFUKUSHIMAの話題ばかりで、その対応の危うさに何だかうんざりし始めている。

 俳句の定例句会が7日。何だか俳句モードになれる日がなくて、一句もできていない。
 花水木の花が満開で・・・そうだ、田舎の生家に植えた花水木の花はどうだろうか…ここよりちょっと寒いからまだ咲いていないかもしれない。母が亡くなるだいぶ前に、母とせっせと穴を掘り植えた紅白の花水木。百子はその花が咲いたのを見たことはない。毎年母から「咲いたわよ」と聞いていただけであった。今年も、母の命日に合わせて咲いてくれているだろうか・・・。

 あっという間に震災から50日が過ぎ、季節は夏へと向かっている。時の過ぎゆくのは本当に早いものだ。
 今年の夏は、どうなるのだろう・・・。
 毎年夏になると繰り返していた海外旅行の予定は今年はない。中国へ何回か…モンゴル、ブータン、チベット・・・。随分行った。
 大学の教室のクーラーは自粛の様子だ・・・8月初旬まで続く授業・試験はどうなるのだろう・・・。そして通信教育のスクーリングも8月の初旬にある。うーん。たいへんだぁ。本当にやるのだろうか。

 今できるうちにやっておかないと、夏の暑さがますますこたえるだろうなぁ・・・。
 福島原発へのもやもやさ、日常生活にまで入り込んできている。そんな感じか。
 まぁ、いまできる事を先延ばしにせずやっておくことだけなのか・・・

 あっつ、メール連句が回ってきていた。すぐに作って返さなきゃ。
 

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2011年04月25日

今日の授業終了

 スーちゃんの告別式。世代はちょっと違うけど、もちろんキャンディーズは知っている。息子が生まれたころかな、時期としては・・・。
だから、訃報を聞いたときはちょっとショックだった。幸せな生活を送ってるんだろうな、などと想像していたから・・・だってあの穏やかな笑顔。

 19年も病魔と闘ってたなんて…想像を絶する。うまく心の葛藤を乗り越えたんだろうな。
 「40歳からの顔は自分で作る」なんて、言われ続けてきた身としては、それにその年をとっくに過ぎている身としては、スーちゃんのあの笑顔がまぶしい。どんな悲しみや苦しみがあったのだろうか・・・。それを微塵も感じさせない笑顔。

 で、今、あまたが痛い、お腹がおかしいなどと愚痴っている我身が情けない。さっ、しなければいけない仕事はちゃんとして、辛いなんて言う表情は覆い隠して(そんな辛くはないんだけど)職場では明るくいなくちゃ。
 で、朝からの2コマ終了。
 
 だけど、あんだけ、おしゃべりしている学生が、グループ討議の発表となるとしゃんとできるのはなぜだろう。今日は「静かに!」「おしゃべりしない!」という言葉を3回も言ってしまった。だって120人。出来るだけ我慢したのだけれどもな。何も言わなくてもちゃんとできるみたいだから、次回は何も言わないようにしよう・・・。
 セルフコントロールが大事。それを取り上げる授業だもの。ね。
 






 
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2011年04月22日

トマトとイチゴ

 家の敷地の隣は、市の遊歩道である。そこをぶらぶらと歩いて行くと大きな温室が道端にある。ちょっとのぞいてみると、真っ赤に熟れたトマトが…。ふと反対側の道端を見ると「トマト直売」という旗が・・・。そこで農家の広い庭を通り抜けていくと小さな販売所があった。トマト300円(1袋)と書かれている張り紙が・・・。しかしその隣に「本日分売り切れ。次回4月22日(金)」とあった。

 そこで今日、その、多分朝もぎのトマトを買ってみようと、散歩がてら出かけた。時刻11時。そして驚いた。50人ぐらいがその農家の広い庭に並んでいるのである。列は一列。でもよく見るとイチゴの販売と、トマトの販売をしている。どうもトマトの列の方が短い。別々に並ぶのかな?と聞いてみると、いえ一列に並んでください、とのこと。一体何分並んだらかえるのかなぁとちょっとひるんだけれども、どうせだからと並んだ。前に並んでいるおじさんが、トマトだけなら、割り込んじゃいなさいよという。えっそんなぁ。で、よーく見ると、ほとんどの人がイチゴを2箱、4箱と買って、次にトマトを3袋と4袋と買っていくのである。えー。在庫は大丈夫なの?と。

 前のおじさん、じゃぁイチゴも買っていきなよ。うまいよ。ということで、腹を据えて順番を待つことにした。待つこと十数分か。やっと順番がきた。イチゴの在庫は少ない。1箱?2箱?と迷ったけれど、後には数人だけしか並んでいないから、2箱買うことにした。次にトマト。台の上には数袋しかない・・・。百子まで回ってくるだろうか・・・でも販売数に制限はしていないし、二人前の人は4袋買った・・・。後ろの人が「えっ、もうないじゃない」なんて言ってる。どうしよう。で百子の番。残り5-6袋。とその時、売り子をしていたおじさんが、隣でイチゴを売っている息子らしき人に「おい!トマト、袋に詰めて持ってきてくれ」 と。よかった在庫あるんだ・・・。
 ということで、ちょっと後ろの人には気が引けたけど、3袋をゲットした。小さいけれど真っ赤なトマト。

                    
トマト.jpg

                    袋を開けたら、あの懐かしいトマトの匂いがした。
 それにしても、「買い占める」というちょっと気まずい気持ちが残っている。後ろに並んでいた人たち、トマト買えたかなぁ。やはり2袋にした方がよかったかなぁ。でもあの温室の中にはたわわにトマトがなっていたから大丈夫よね。








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2011年04月18日

息子の結婚

 息子が彼女と結婚を前提に同居を始めた。今年の初めに彼女のご両親にごあいさつ(稚内!)。そして大阪らから転職して(別に彼女と結婚するからの転職ではないと彼は言っています。契約社員から正社員への転職らしい。大手広告代理店だから惜しい気がするのだけれども彼の決断。母は何も言えません)5月2日から都内の会社に。住むのは井の頭線浜田山・・・。土曜日に引っ越してきた。それで昨日は二人を囲んで、東京にいる家族だけで急きょ食事会をした。

 で、「いつ彼女に婚約指輪あげるの?」「まぁ金がないから来年の春を目指してかなぁ・・・」と。

 ならと思い立って、古くなった(指のサイズが合わなくなったこともある)百子の指輪の提供を申し出した。
 その指輪をくれた人とはもう縁がなくなっているからそれをあげようか?サイズを直して?そうだイニシャルの刻印が入っていたっけ。「えっつ。それは消してくれよ」、と息子。

 それに、プラチナの結婚指輪2つ。かなり太いものがある・・・と思い出した。何年も仕舞ったままだし、もう使えないし、もう無用だし、と探し出した。そうしたら紐の切れた真珠のネックレス(昔三越に勤めていた時買ったものだ・・・)もでてきた。
 どうにか材料は揃った。これらを何とかしていくつかのアクセサリーを作ろう。と、昔、百子の母からもらった指輪をリフォームしてくれた宝石屋さんにそれらを持ち込む予定。

 だって、せっかくの二人の新生活なのに、彼女が装うものが何もないなんてかわいそうだもの。全く甲斐性なしの我が息子。

 その代わりというわけではないだろうけど、現在有給休暇消化中という彼は、今日から主婦代わりだという。彼女は今日から仕事。しばらくは彼が食事係らしい。まぁそれもいいか。ちゃんと彼女に尽くさなければ・・・。ねぇ。誠意が必要だし。

 これで新しい「娘(世間では嫁という)」が二人。母(世間では姑というらしい)としては不公平にならないように、両方に気を使わなければならないことは重々承知しているつもりである。
 本心は、あの泣き虫だった息子がねぇ…というところなのだけれども。

 

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2011年04月16日

一人の週末

 穏やかな土曜日。少し暑いぐらい。本当に久しぶりに一人の週末を送っている。
 一人でぶらぶらと散歩。もう桜は葉桜になりモクレン、辛夷の花も茶色く変色して落ちてしまっている。毎年気になる「ゆすら梅」の木は、花が実へと変わりつつある。そろそろ花水木の花が咲くかしら・・・。
 のんびり紅茶を入れ、ケーキの代わりにアイスクリームを食べたりしている。

 正直言うとテレビは見たくない。相変わらず『「タービン建屋」にたまった水の放射能の数値が高くなり・・・』などという報道にうんざりしているからだ。一体どうなる原発・・・。避難している人たち。テレビを見ると気が滅入りそうになる・・・からだ。遅々として進まない復興への道。被災した地区の首領など自治の人たちのいらだち。政治家が・・・放射能の専門家が・・・言っていることがまやかしのようにも思えてくるからだ。

 そこでちょっとぜいたくにマッサージへ。このところ結構疲れている。自覚はなかったのだけれども、マッサージのお兄さんの「ふー。」でわが身の、相変わらずの凝り具合を感じた。そうして帰ってきて、さてと。一人っの生活ってこんなふうだったんだ。などと。
 
 ちょっと前まではこんな週末は当たり前のことだったのだけれども、このところの春休みや、地震、それに失業していた息子、それに、約束通り基本は別々に暮らしているだんな様の出入りがあってずうっと週末はにぎやかだったのだ。 
 それが今週、息子は一応再就職先が決まり、百子は授業が始まり、そしてだんな様は吟行だったり、飲み会だったり。そうそうこの週末は、もう一人の息子が大手広告代理店を辞めて違う会社へ転職。ということで東京に戻り今日が引越しのはず。えっつ?手伝いに行かないのかって?うん、行かない。あと一人の息子は、今年こそ転勤辞令が出るはずなんだけれども、いまだに福岡。 息子のことはそれぞれに任せて、やっぱり一人の時間は貴重なんだ。一人の時間を確保したいんだ。

 ということで、本を読んだり授業準備をしたり、ご無沙汰している友に手紙を書いたり・・・。そうだ、久しぶりに故郷の友に電話してみよう。そろそろ引越しかな?
 彼女、階下に住んでいらしたご両親がなくなり、息子たち独立したので、郊外の一戸建ての大きな家を手放し、駅のそばの便利なマンションに移り住むらしい。夫婦二人の老後の準備だそうだ。
 百子も、仕事と自分の時間と家族との時間のやりくりを確立して老後の生活に備えなくちゃ。




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2011年04月14日

この花の名は…

 我が家のご近所で咲き始めたこの紅白の花。桜の咲く時期と一緒に咲き始めたので、桜の一種かな?っと。
わが家が車を預けているカミヤさんのうちの駐車場には、この木が3本もある。そして家から近くの公園に行く途中の、またまたマミヤさんという表札がある家にもこの花が咲いている。(この辺はカミヤさん家が多いのだ)。だからこの花を「カミヤ桜」呼ぶことにした。

 ネットで、「紅白桜」と検索すると「ヒカンサクラ」という写真が出てくる。この花のことなのだろうか。
花弁は八重で、同じ幹(枝)に紅白の桜が咲く。毎年、この花のことが気になって仕方なかった・・・。人工的に接ぎ木をして作られた花なのだろうか。

                 
紅白の花2011-04-14 14.38.05.jpg


 
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2011年04月12日

取材と報道ー「記憶・忘れてはいけない事」写真展を見て

 それらの写真は、暖かくもあり、悲しくもあり、想像を絶するものでもあった。
       日本経済新聞社写真部記者による自主的な写真展。プリントは富士フィルムが無償で提供したという。
            日経新聞社東京本社2階。日本経済新聞社SPACE NIO。入場無料。

 何枚かの写真の合間に、カメラマンが書いたと思われる取材記事が展示してある。写真を写しながらの被災者とカメラマンの会話だ。そこには被災された人、取材する人との垣根が取り払われた暖かい人と人とのつながりを見ることができる。

  「仕事ばかりでなくしっかり食べなだめだよ」と配給された3つのおにぎりの内一つをカメラマンに差し出すおばあさん。丁寧に断ると「おこうこお食べ・・・」と。「両親ことも気遣ってやらねばいけないよ」とカメラマンを諭すおばあさん。・・・
 ぐったりした3歳の子供を抱くお母さん。カメラマンは幼児に言う「怖いだろうけどごめんね。カメラで撮らせてね」。そして思う。「こんなつらいことを僕は写真を通して伝えなければならないんだ」と。そしてそのカメラマンは、何週間後その幼児が避難所で元気で遊ぶ姿を別の映像で見つけて安堵する・・・。
 
 行方不明になったご主人を探し…最後に乗っていたと思われる車を発見するがご主人の姿はない・・・。そこに「桃の花」と「黄色い水仙」が咲いていたという。その枝と花を摘んで牛乳瓶にさす女性のまなざし。がれきの中に並べられた泥まみれのランドセル・・・水没する車。その水面に映る空と水鳥。茫然と被災地を見る自衛隊の人たち。
 絶望の中にも人の優しさとおもいやりがある。それを取材する記者も同じ土俵に立っってる。

 取材中に起きた津波警報。取材したばかりの人に、その警報を知らせるために躍起になる記者。そして避難してきたその人を見つけ・・・。彼らはカメラマンに向かって言ったという。「我々は、きちんと生き抜きます」と。
 大震災の翌日の未明、懐中電灯の光の中で生まれたという赤ちゃんを抱くお母さんの美しさ・・・と安堵した表情。その写真を撮ったカメラマンもきっと同じ気持ちだったのだろう。

 写真だけでは伝えきれなかったカメラマンの思いが、短い文章となって展示されている写真展は珍しい。そこにはこの災害を取材した取材者の気持ちがあふていた。

    4月28日まで。東京千代田区大手町 1-3-7 日本経済新聞社2階スペースニオ。

 


 
 
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2011年04月10日

[拡散希望]「記憶・忘れてはいけない事」写真展

 現在、東京・高円寺で原発反対デモが行われているらしい。その状況は、ustreamで実況されてるという。参加者5千人とも、1万人とも。ustreamを開いてみると、なるほど若い人たちのデモが実況されていた。この情報はツイッター情報である。

 ツイッターを始めてからまだ2週間ぐらいしかたっていなけれども、確かにいろいろな情報が入ってくる。身近な人(百子の場合は息子たち)をフォーローしているのだが、その関連で、@tmichyo も何十人かにフォローされてもいる。
さらに、日経新聞、毎日新聞のツイッターをフォローしているので、新聞情報もいち早く入ってくる。もちろん気になる有名人のツイッターをフォローすることもできる。百子は、ソフトバンクの孫さん、糸井重里さんなどをフォローさせてもらっている。

 まだまだ使いこなすことはできないけれど、なかなか面白いし、役に立つ。
 そこで・・・今朝、俳句の師匠から届いた、日経本社で行われている写真展の情報を、ツイッターで拡散してもらった。(この写真展へは、明日行く予定。)多くの人たちに見てもらいたい写真展である。

      東日本大震災 報道写真ギャラリー 「記憶・忘れてはいけない事」
         東京・大手町日経新聞東京本社2階 入場無料

 日経の写真部記者が、自分たちが撮った写真で震災を知ってほしいとの思いから、急きょ企画。新聞社の他部の人たちなどの協力のもと、パネルも展示もすべて手作り。お金がかかるプリントは富士フィルムが無料提供したという。涙をすすりながら見入る人たちであふれているという。新聞紙上でも告知されたらしいが・・・。
 先輩のメールには、「百子さんも、ぜひブログで案内してください」という一言が付け加えられていた。
 そのメールを読んですぐ、ツイッターに書き込み、息子から[拡散]してもらったのである。

 その[拡散]でどれほどの人たちに届いたか・・・ぜひ多くの人たちに見てほしい写真展だと思う。
 百子は明日行きます。







    
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2011年04月06日

原発2

 先に紹介した、孫さんと原発技術者の方々のお話し(現在:http://www.ustream.tv でコピーが見られます)を聞いてから、なんだか心の中がざわついている。技術者の方々の情報もネットで調べてみたりしている。お二人とも民間の企業のご出身。
 今まで余り関心がなかった原発。放射能のこと。それらが毎日の報道を聞きながら、今までと違った感覚や視点で聞くようになっている。そんなこともあって、ちょっと仕事の方が小休止の今日、改めて再生して視聴してみた。うーん。やはり勉強になる。

 「ただちに健康には害はない」と繰り返される報道。でも放射能の、たとえばセシウムなどは体内に蓄積されていく。だからこのままの状態が続けば、何年か、何十年先には影響が出るのではないのだろうか・・・。プルトニウムなどは半減するのに2万数千年かかるらしいから・・・、その頃人類はどうなっているのだろうと、想像もつかないけれど。まぁ百子はそんなに長生きしないだろうからいいけど、これから子供を持って育てていくお母さんたちには切実な問題だ。

 なぜこんなことになっちゃうのだろう。やはり情報の出し方ではないか。フランスでは、セシウムが気流に乗って流れていく情報を世界規模の情報として毎日出しているという。それをやはり孫さんは、自分のサイトとリンクを張って日本でも見られるようにしようと、すぐに手を尽くしたらしい(ツイッター情報)。
 都内では放射能の濃度が、町の大型パネルで流されるようになったとか・・・スゴイ進歩だ。
 でも、本当に知りたいのは、放射能のどんな要素がどれぐらいの数値で今ばらまかれていて、それが長期的に見てどんな風に人体や、海、土壌、そしてそこで育てられる食べ物などに影響して行くということだ。たとえばセシウムや、空恐ろしいプルトニウム・・・。
 
 そんな点では、外国で報道されている日本について情報(原発についての情報)の方が、正確なのではないかと疑ってしまう(過激すぎる、大げさという見方もあるが)。要するに今の日本の報道は、人々にパニックを起こさないようにしているということは分かるが、少々楽観的やすぎませんか。などと・・・・。






  
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2011年04月04日

原発

 昨晩、ソフトバンクが発信している映像を見た。(ツイッターで流れていたのをPCで再生したもの、で、百子にはそれがなんであるかよく分からないのだが・・・息子がセットしてくれたので・・・http://usutre.am/bNTjhttp://usure/:VGoo)ソフトバンクの孫さんと(100億円を震災に寄付したという情報が同時に流れた)、田原総一郎氏、そして原発の設計者2名の対談。ショックだった。そのお一人田中三彦氏は、技術者らしい論理的な話し方で特に分かりやすく、今福島原発で何が起こっていて、どれほど大きな危機がせまっているのか、十分?に理解できた(つもりである)。発電を行うシステムから体系的に話されたので、原子炉の冷却水の循環なども納得できた。
 さらに設計上、どんな状況になると、どこの安全弁が働くのか、段階的なお話もあった。

 設計者であるお二人がおっしゃる共通なことは、@事故は発生した時からの情報が十分開示されていないから、設計者としての立場でも正確な分析ができない。だから今どんな状況なのかの推測しかできないAどうもTV等の解説者は、現在の状況は「安全範囲」であると強調し過ぎるのではないか・・・。本当はもっと危機的な状況が予測できるのだが・・・というようなことだったと思う。原発を設計したお二人だからこそ聞けるお話しだった。
 だからといって、ではその原発をどうしたらいいか?どうこの危機を収めるのか…と言うことになると、そのお二人や、田原さんや、孫さんはどうすることもできない・・・。ただ、東電と政府と原子力保安院と原子力安全委員会などの英知だけが頼りなのだ。

 設計上、ありとあらゆる非常事態を考えて、こうなったら、こうして、これが起こったらこうしてその危機を阻止する。そうやって設計した原子炉であっても、人間の予想もできない、自然の力には打ち勝てないのではないか…。設計者である田中氏はこんなことを言っていた。「太陽の光よりも何倍も強い光を発するものを作りだすなど、人間の傲慢さではないか。私はそれに気づいたときに原発の設計から手を引きました」。「自然界には存在もしない物資(プルトニウム)など作り出してはいけないのです」。

 そして最後には「人は会社で働くけれど、会社人であってはいけない。社会人でなければ」と。
すなわち、会社の利益のために働くのではなく、広く社会のことを考えて自分の仕事をしなければいけない。と。社会、それは原発のことからいえば、周辺の人たちのことであり、さらには世界の人たちのことであり、海であったり、空気、そう地球全体の事なのだ。半減するのに、何十年もかかるセシウムなどを飛び散らかして、そして、自分の子供ばかりではなく何代も続く地球の人類への負の土産など残してはいけないのだ・・・・。

 考えさせられる対談だった。一つだけ。田原さんの話の腰を折るような突っ込みや、しったか?が気になったなぁ。





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2011年04月01日

4月1日が終わっちゃう。

 新年度の一日目。本来なら入学式なのだが、今年は中止。そこで山種美術館に出向き、浮世絵を鑑賞。ボストン美術館から来た品目。
 その後、目黒の八芳苑で恒例の花見の宴。短大の時の先生方と。昨年の今日は、桜は散り際だったのだけれども、今日は一分か二分咲き。いつもは外で食前酒がふるまわれるのだけれども、今年は無し。会場も去年の半分。桜が遅いからなのか、自粛なのか・・・当然コストパフォーマンスは悪くなり、去年はローストビーフだったけれども、今年は豚の三枚ばら肉のロースト(これってひどくない?)。ビュッフェスタイルなのだが、並ぶ料理も何だか去年と比べると悲しい。値段も自粛ならいいのだけれども・・・。
 で、話題は震災の事ばかり・・・。そうして被災された方々を思うと何だか申し訳ない気持ちが一杯。同僚の先生は、勤続20周年で今日表彰されたらしいのだが、そのお祝いの休暇を「ボランティアで東北に行こうかしら・・・」などとのたまう。うーん。

 久しぶりに恵比寿の街を歩いて、百子にとっては「当たる」宝くじ売り場でスクラッチくじを購入。でもだめだったぁ。当たったら必ず災害募金に寄付しようと心に決めていたのに…ならその分買わずに寄付すればよかったと後悔。時間つぶしにフルーツパーラーで、紅茶とケーキのセット。食べすぎだぁ。その分寄付すればよかった…と重たくなったお腹を気にしながら後悔。

 とまぁ、こんな風にいつもながらの日常が始まったように見える4月1日。違うのは、いつも心の中のどこかに、震災の事があり、被災された方々のことがあり、放射能の事がある事だ。あと何年かかるだろう・・・。昔のように活気がある日々が戻るのは・・・。
 
 どんな過ごし方をしても、一日は終わり、朝が来る。4月1日もあと一時間で終わり。
 こんな時だからこそ、自分のなすべきことを、一日一日を充実して終わりたい、と思う。
 
posted by 百子 at 23:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする