2011年03月31日

3月31日

 3月が終わる。今日は31日。大学時代の友人にこの日が誕生日の人がいた。彼女はどんな気持ちで今日の誕生日を迎えただろう。お孫さんに囲まれながらも、ご自分の仕事を続けていらっしゃる。たしか、学習添削の仕事。久しくお会いしていないけれど、「おめでとう」。やっと百子と同じ年になったね。

 「どこまでも春」の朝。寝坊をしてしまった。昨日は久しぶりの出勤。一日バタバタと過ぎた。体が慣れていないのだ。
 窓から見る外は、まぶしいほどの春の日差し。雲ひとつない。そして薄青色。この空に薄紅色の桜が重なったらどんなに美しいだろう。暖かいだろう。そして、心が弾むだろう。・・・・・・・・。

 昨日同じ職場の短大では、学生たちへの「学位授与」がクラスごとに行われていた。中止になった卒業式の代わりである。久しぶりに顔を合わせた学生たちのにぎやかなこと。「先生、一緒に写真撮ろー」という学生の声は、いつもの卒業式とおんなじだ。
 2部(社会人対象の夜間コース)担当のある先生の元には、学生手書きの「祝・学位授与式」との大きな張り紙が・・・。筆がのびやかに踊っているすばらしい「書」だ。手作り。自分たちの門出を自分たちで祝おうとするその気持ちに涙する。卒業式はなくなってしまったたけれど、こんな時に、卒業という節目を迎えた事はいつまでも心の中に残るだろう。そうして、そんな学生を送り出す、先生方の暖かさ・・・。
 そして、今年で職場を去られる先生、学校を辞めて英国に留学されるとい先生がご挨拶に・・・。先生、ありがとうございました。そして頑張ってください。

 百子は、変更せざるを得なくなった、新入生ガイダンス等のスケジュール確認のためのミーティング。そして学部に関係する震災被害等の報告会。同じ大学の別の学部は、授業開始が5月2日になったとか・・・。これは立地の違いによる。郊外にあるので計画停電、そして交通手段の関連らしい。ということは、連休返上?先生方、大変だぁ。
 さらに、この夏に行われるかもしれない計画停電の対策協議。(ちょうど期末の試験の時が7月の末にかかるのである。ひょっとして授業が予定通り続かないかもしれないのだ)。
 本年度の授業進行は、変則的にならざるを得ない。

 学校の3月は、古い年度と新しい年度の端境期。去っていく人、迎える人。捨てる物、準備・用意する物。
 百子は、研究室の昨年度の書類を整理し、捨て、新しい年度に必要な物を出した。揃えた。4月1日の入学式は中止になった。新入生と顔を合わせるのは、来週の月曜日。4月4日である。担当するゼミ学生の名簿は、机の上にきちんと置いてある。





 
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2011年03月29日

「言葉の力」

 体と神経が非日常の中に閉じこもってしまったらしい。気がつけば2週間が過ぎ、硬かった桜のつぼみもひらき始めた。春は確実に来ている。どれだけこの春の暖かな風が欲しかったか。

 友人の多くは、計画停電、困難な交通事情の中でも仕事場に通い続けている。できるだけの日常を維持している。
 ぐずぐずしている暇はない。いつまでも、テレビにかじりついているわけにはいかない。ジタバタしても仕方ない。多くの被災者の人たちの心に寄り添い、自分ができる事を実践しよう。日常を取り戻そう。

 昨晩NHKの「プロフェッショナル」を見た。ツイッターで前評判が高かったからだ。心に残る一言。自分を奮い立たせる人生の銘。その言葉を心の中で反芻しながら、それぞれの人生が成り立っていた。
 では、百子の、生きるための心の中の言葉は何だろう。画面を見ながら考えた。
 「努力を続ければ(がんばり続ければ)いつか必ず結果がでる。必ず道が見つかる」かな。そしてある人の映像に共感した。
 「求めなければ道は見つからない」。
 求めるのは希望。明るい未来、楽しそうに生きている自分。そしてみんな。

 さぁ、今日は新学期の準備。授業準備。そして明日は、職場の研究室を新学期モードに片づけなければいけない。そして打ち合わせ。





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2011年03月27日

静かで怖い日曜日

 例年なら「花冷え」というような日曜日。でも今年はまだ桜は咲いていない。3月もうわずか。例年なら卒業式も終わり、新年度に向けての準備が始まる気ぜわしい頃なのだが、なぜか今年はその気力がない。原発事故のニュースをみれば気が滅入り、買い物に行けば野菜の産地が気になり…どのデパートも、スーパーも照明が減っただけで、何だかうらぶれて見えたりする。人の出も少ない。
 救いは高校野球の選手のすがすがしい若さだけか。こんな時、スポーツは本当に癒される(プロ野球セリーグの対応は情けなかったけれど)今度行われる日本代表チームのサッカー試合も楽しみだ。

 さっき、ニュースで原発事故の放射能を含んだ水の放射線数値を淡々と流していた。
 一万倍の強さとはどんなものなのか。ツイッターでは、東電がプルトニウムの測定器を持っていないという情報が流され、結果プルトニウムの測定がされていないということがテレビで議論されたという。
 ニュースでは、放射能を含む水がどこから出ているのか、不明だという。保安院は原子炉はどこも「破壊」されてないという。
 そのあと出てきた学者先生は、「破壊」されている可能性が高いという。
 友人のブログではフランスの研究機関が発表した、今回の事故による放射能拡散シュミレーショの映像が、you-tubuから転載されていた。もはや日本だけの問題ではない。
 ニュースでは、放射能は野菜も水も問題ない、と流す。乳児も飲んでよろしいと。
 その一方で、水道水以外の飲料水があるなら、そちらを飲ませた方がいいという。ええい!。一体真実はどこにあるのか。正確な情報を、隠さず分かりやすく流せ・・・。

 静かな日曜日。皆ひっそりと息をひそめているようだ。放射能の訳の分らぬ数値におびえているかのように。

 
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2011年03月24日

桜よ早く咲け!

 去年の今頃は桜が咲き始めていた。それに比べて今朝の今日この寒さよ。待ち遠しい春。暖かな風。一斉に芽吹く緑。新入生の弾んだ声、新しい教科書の匂い。早く早く…そんな季節が始まるように・・・

 NPO法人双牛舎では、メンバーの地震(なゐ)句を集めてブログにアップしている。(双牛舎 みんなの俳句 と検索してください)
この季節の変わり目にありながら、俳句を作るには格好の季節ながら、今年はそんな心境にならない。俳句とは何ぞや、俳句は心の平穏の時しか詠めない所詮道楽かなどと葛藤されていたらしい、主宰する双牛舎代表の俳句の師匠たちの発案で始められた。毎日メンバーから数多くの句が集まっているらしい。あの大津波の惨状を、また被災した人々に寄せる心情を俳句によって表した俳句が、1日2句づつアップされている。みな悲しんで思い気持ちを引きずっているんだ。

 こんな時、人々の心に少しでもほっとする気持ちが持てるように、季節に希望を求めてはいけないか。桜よ早く咲け。人々の心にほんの一瞬でも笑顔が戻るように。花のかほりに人々が癒されるように。
 





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2011年03月23日

「学ぶ」ということ

 卒業生からメールをいただきました。その卒業生とは、百子が短大に入職した夏、卒業生対象のイベントでお会いしているようなのですが、はっきりした記憶がありません(ごめんなさい)そしてその後、拙書「女36歳からでもキャリアが作れる」が出版された記念の講演会にも、来てくださったようです。
 
 その時、彼女は、『いろいろともやもやしていることが多かった』とのことで、私にこんな言葉をぶつけたようです。
『誰かに(専門的なカウンセラー)に相談しようにも、自分の思ったことをうまく伝えられそうにもないし、理解してもらえる人もいそうもない』。
 百子はこんな風に答えたそうです。「だったらあなたが、自分自身のカウンセラーになればいいのよ!」。
 そしてその卒業生は、その言葉に触発されて大学の通信教育で学び、学士の称号を得るとともに、産業カウンセラーの資格まで合格したというのです。
 『まだまだ模索することは多いけれども、まずは自分自身のカウンセラーになり、その経験を他の人に生かして行きたい』とメールは結ばれていました。

 こんな嬉しいメールです。思わぬ一言がその人の人生を変えてしまうこともある、そんな怖い立場に自分は置かれているのだという事も十分認識しました。でも嬉しかった。
 
 自分のおかれた状況を客観的に見る。自分で自分の心を分析しコントロールする。それにはやはり、新しい学問や知識を「学ぶ」ということも重要なのです。それが人生の糧になるのではないでしょうか。

 今朝、ある学生からメールが入っていました。「大学をやめて自分のやりたいことをしたい」。と。
 今しかできない事もあるかもしれないけど、「学ぶ」ことを放棄してほしくないな、と強く思いました。またいつか必ず学校に戻ってきてほしい。
 それだけは伝えました。




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2011年03月21日

災害11日目

 なかなか自分自身の生活に戻れない。先日「心を寄せることは大事だ・・・しかしそれぞれがしなければいけない事がある。自分は何ができるか、自身の立場で考えて行動しなければならない」と書いた。
 なのに、気がつけば依然とテレビの前にくぎ付けになっている自分がいる。情報を得ることは大事だけれども、冷静に今回の災害について考え、そして自分のできることを模索しながら普段通りの生活をしなければいけない。だから付和雷同に買占めなどに走ってはいけないのだ。

 被災者の方々へのインタビューを見るにつけ思う。人の心の緊張状態は一週間もすれば破綻する。気丈に振舞っていてもそれは長く続かない。そのあとに来るのは疲れと、無気力感だろう。・・・
 悲しみには涙を流した方がいい。辛かったら「つらい」「助けて」といっていい。そんな心を皆が支えたいと思っているはずだ。
 私も自分自身の立場で、被災された方々の心に寄り添い行動しようと思う。それがどういうことなのか・・・いまも模索中なのだが・・・。

 今日は朝から静かな、そして冷たい雨が降っている。朝から普段通りの生活をしようと、テレビを消した。情報を得るのは(テレビを見るのは)ある程度時間を決めて。そして本を持ち出して・・・少し勉強と思ったのだけれども・・・。
卒業式、入学式、オリエンテーションキャンプは中止となった。自宅待機が続く。このたっぷりある時間を、自分がしなければならない仕事に使おうと思う。
 被災者の方々に心を寄せる事を忘れずに、ひと事だと思わずに、自分が今回の惨事に何ができるかをさらに模索しながら・・・・。
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2011年03月18日

松山吟行

 あの大地震が起こったのは、愛媛・松山市に到着し、「5色ソーメン」と「鯛飯」をいただいた後、ぶらぶらと松山城に上っている時だった。まさに天守閣に登ろうと城山公園を横切っている時、仲間のワンセグに第一報が入った。
 
 東京も大変らしい、との声に仲間が一斉に携帯で連絡を取り始めた。・・・つながらない。百子も東京にいる息子に・・・つながらない、なら豊島区に住む友達はどうだとTEL。あっ、つながった。「こわーい!!!」友達の第一声だった。様子を聞くとずいぶん揺れたらしい。台所のレンジも棚から落ちたそうだ・・・。「気をつけてね」、と念を押して切る。次は息子・・・だめだぁつながらない。で、メールで安否確認。しばらくして彼から無事の知らせが入った。

 われら総勢16名。さてどうするか。これから3日間の吟行予定である。・・・
 しばらくすると、誰からともなく「帰るにしても飛行機がないかもしれないし、ここは予定通り」ということになり、市内観光、そして句会と、予定通りの旅が続いた。3月11日から14日までの旅である。
 松山ゆかりの俳人たちの句碑を廻り、最後は三津浜まで。
 
 旅の終わりごろになると、それぞれが残してきた家族のことが気になるのか、そわそわ。どうも懐中電灯が東京では品薄らしい。パンも買えないらしい…ということで、空港に行く道すがらスーパーに寄っててパンやら餅やら、野菜やらを仕入れて、もちろん懐中電灯と乾電池も仕入れて…搭乗となったのである。

 それでも句会は開催。地震(なゐ)の句も多く詠まれた。百子の句を披露しよう

   春のなゐメールとびかふ天守閣 *2点いただいた。
   句碑の文字春ゆらゆらと碧悟桐 *4点句  
         →句碑の文字ゆらゆらと春碧悟桐 のほうがいいかななどと・・・
   うららかや声出して読む子規の句碑 *3点句

 最高点は
   春の風足でつかんでリフトのる   星川佳子 *5点句(最高点)。
     松山城へ上るリフトである。やはり彼女の感性は素晴らしい。


 こうして、松山吟行の幕は下りた。




   
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2011年03月17日

ついにツイッターを始める

 今回の災害、電話もだめ、メールのだめ、唯一ツイッターが動いていたという情報がある。
 で、早速百子もツイッターを始めた。息子に設定をしてもらったのだが、なんだか訳が分からず、ちんぷんかんぷん。どうにか動かしている。災害の状況や、不明者の紹介、さらには、「pray japan」への呼びかけ。見始めるとすぐに時間がたってしまう。
なるべく、ツイッターに振り回されないように、上手に情報を発信したり、得ていきたいと思う。

  百子のツイッターは   @tmichyo です。 よろしく!
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2011年03月16日

なんともやるせない…

 松山から帰京して3日目。テレビにかじりついて、何をするではなく、ふと思いついて買出しに行ったり。本を読む気力もなく茫然と惨状を見続けていた。

 で、いま思い立って家の中の掃除、洗濯、そしてテレビを消してCDを聞いている。ピアノの協奏曲。疲れた心が解きほぐされるようだ…でも、被災された方々は・・・などと、すぐに思いがそこにいってしまう。
 心を寄せることは大事だ。だから今朝の冷え込みには、暖房を入れるのを躊躇しまった。多くの人が寒さに震えながら支援を待っている。・・・
 しかし、それぞれがしなければいけない事がある。自分は何ができるか、自分のおかれた立場で考えることにする。だから電車の混乱や、今夜は午後6時から10時までの停電も我慢しよう。電気が来ない時間に合わせるように自分自身のスケジュールを決めなければ。

 日本という国。日本人という民族。そして今度の災害。天罰なんかではない。
 多くに国ぐにからの支援と励ましの言葉。現場でがんばっている人たち。耐えている人々。
 それにつけても政府の対応の危うさ。
 遮断されて支援物質が届かない避難所の人たちにヘリで物資を投下する・・・そんなことも思いつかないのかなぁ。などと・・・。

 今週は明日まで自宅。金曜日は職場に出なければいけない。研究室の書棚は大丈夫だったかなぁ。



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2011年03月14日

おどろいた!

 旅行前に冷蔵庫の中を空っぽにしていったので、朝一番で食料品調達と思って近くのスーパーへ。驚いた。開店前の長蛇の列。
開店直後に店内へ。ペットボトルの水の販売が平台で行われていた。そこに人が殺到。あっという間に完売。電池売り場にも…実は私も電池の予備がほしかったので行ったのだが、商品は空っぽ。人々は棚の奥まで捜している・・・。店内放送で「食パンは一人1斤にしてください。災害地の人たちに回わしてあげてください」と。お米の売り場も空っぽ。いつもは商品であふれているカップラーメン売り場も空っぽ。「計画停電で本日は正午までの開店になります」との店内アナウンスが繰り返されて・・・。ドラッグストアーも同じような状況で、こっちはレジに並ぶ長蛇の列。この店いつもは、2つあるレジで十分だったのに・・・。

 しょうがなく、切れていたお米を調達するために近所の米屋に行った。そこにはまだまだ玄米状態のコメが一杯ある。一人の男性が、息せき切って入ってきた「米ありますか?」・・・「よかったぁ」。
 いつもになく道路は車であふれ、スーパーの駐車場は一杯。今日の「計画停電」で職場が休み休みになったのか、働き盛りの男性の姿が目立つ・・・。

 我が家は「計画停電」第3グループに入っている。それも情報が錯綜して、テレビでアナウンスされた時には、第1から第3グループまでに市の名前があって・・・。ネットで確認して。そうそう、この辺は市が「防災放送」を流すのだが、それが夜遅くまで響いていたけど、聞き取れず。びくびくしながら早起きして停電対策をしているうちに、「停電延期」「でもまだ可能性がある」と。一体どっちなんだい!
今日予定していた職場への出勤は、電車の都合で断念。だって成増と志木の間。動かない・・・。それはそれでラッキーだった?

 それにしても地震の惨状を映像を見ると涙が出てくる。どうしてこんなことが・・・・。






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大変だぁ

 春の青空が広がっている。空だけを見ていると穏やかな春の雰囲気なのに・・・。

 昨日夜遅く、愛媛・松山市から帰ってきた。やはり遠くにいると、この惨状はひと事のようであったのだが、昨晩からちょっとした緊張感が走っている。地震があった日から、このような緊張感の中におかれている人が何十万人といるのだろう。本当に大変だ・・・。そして
ちょっと後ろめたさも感じている。

 松山では、地震の一報で、それぞれのメンバーが東京に残してきた家族の安否をメールや電話で行い、残してきた家族への思いを胸にしたまま予定通りの吟行を行い、松山の俳人たちの足跡をたどった。句会もした。宴会もした。おいしい鯛飯も堪能した。・・・。

 今日は「計画停電」で東京が混乱している。だから予定していた出勤も断念するつもりだ。というより出勤できない。だから自宅で保存食や電池の調達をしよう。

 こんな春の穏やかな日なのに・・・災害に合われた皆様にこの陽だまりの暖かさと、あたたたかいお茶と炊きたてのおにぎりを届ける手段はないだろうか・・・。



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2011年03月10日

今日も花粉対策と読書

 今日は雲ひとつない快晴で夜が明けた。その代わり・・・
 明け方から目が痒くて痒くて・・・という状況であった。昨日窓を開け放して風を入れたからだろうか・・・洗濯物をはたかないで整理したからだろうか・・・で、ふと気がついた。
 
 花粉症対策の薬のストックは?調べてみると2日分しかない。それに今日はかかりつけの医者は休業日。どうしよう。明日からは愛媛に吟行である。テレビの花粉状況をみると、愛媛は東京よりもひどいらしい・・・。おちおち寝ていられずに起きだした。この2−3日で溜まっていた家事をこなし、早々に処方箋専門のドラッグへ。・・・・。そうですよね、薬の名前が分かっていても処方箋がなければ薬は出せませんよね。と、とぼとぼ隣の薬局に向かった。市販の薬で対応するしかない。効き目?使ったことないから分からず・・・。
 医者で花粉症の薬を2週間分もらっていたから、もう花粉症が始まってから2週間経つんだ。いつまで薬に頼らなければならないのだろう・・・。それにしても市販の薬は高い・・・。

 さて、乱読というか、斜め読みは今日も続いている。昨日の午後から2冊。その中で今日さっきまで読んだ本
   「子供の再貧国・日本」学力・新進・社会に及ぶ影響」山野良一 光文社新書
は、興味深く面白かった。だから少し丁寧に読んだ。百子の興味がある分野にも少なからず参考になる。

 そして、今日はもうこれで終わりにしてと。明日からの吟行バージョンに気持ちを切り替えようか。そう俳句バージョン。
  「俳句鑑賞450番勝負」 中村裕 文春新書
読みかけのこの本をつらつら読むことにしよう。そして明日の準備。今夜は近くにできたレストランで夕食をとる予定である。

 明日は今日よりもさらに早く起きなければいけない。花粉はどうだろうか・・・・・。




 
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2011年03月09日

乱読を続けている

 今日の朝は雲が8割とみた。いまは4割か。今日も日差しは春の気配だ。明日は晴天か。
 昨日から乱読をしている。春休みである、いろいろなことの目途がついてきたからかもしれない。本を読みたい!という余裕が出てきたのか、久しぶりの集中力で昨日から読み続けている。
 研究費の残りで、興味のある分野の本を20冊近く買い込んだ。その半分を持ち帰り、一気に情報の収集を図っている。

 @「母は娘の人生を支配する」齋藤環 NHKブックス
 A「お父さんなんかいなくても全然大丈夫」企画リンダパブリッシャーズ 泰文堂
 B「ルポ「母子家庭」母の老後このこれから」関千枝子 岩波書店
 C「離婚は家庭を壊すか」コンスタンス・アーロンズ バベル・プレス

 D「正岡子規」坪内稔典 岩波新書 

 今日はまだDの一冊だけ。昼ご飯を食べ終えてから一気に読破した。11日から松山に子規をしのんでの吟行に出かける予定があるからだ(この本は研究費で買ったのではありません)。乱読の合間に、吟行のための「はらみ句」などを考えていたりするから、その延長線でもある。

 今日の予定は
 E「毒になる親」スーザン・フォード 講談社α文庫
 F「子供の最貧困国・日本」 山野良一 光文社新書
 Gこの国は恐ろしい国」関千枝子 社団法人「農山漁村文化協会」
 
 乱読の感触では、@~Cについては自分自身の興味とちょっと違うなと。だからその関連の本でもあるE~Gも多分違うだろうなと思うのだが、それを確認する意味でも目を通さなければならない。この分野はあと3冊持ち帰っているのだが、今回はパスとしよう。

 H「職場学習論」中原淳 東京大学出版社
 I「教育研修ファシリテーター」堀公俊 日本経済新聞社

 の2冊は、新学期が始まる前までには目を通すつもりだ。じっくりと。

 となるとだ、もう少し自分の興味と近い分野の本を探しておかねばならないか・・・。

 というわけで、昨日から自宅に引きこもりっぱなし。掃除もせず食べては読み読んでは食べる。…恐ろしい…たまにはこんな生活もいいかなぁ。部屋の埃を掃除してくれる人がいればもっといいのだけれども。





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2011年03月07日

郊外の小さなレストラン

 自宅から歩いてほんの数分のところに、小さなレストランができていた。繁華街とは別の方向だから、あまり人通りが期待できない感じがするのだけれども・・・。それもランチ1200円から1400円とある。繁華街の方向にある小さなホテルのイタリアンのランチは、1000円からだから、ちょっと高め。はたしてどうなのか・・・。

 ある日の昼下がり、のぞいてみる。小さな店内は10席足らず。カウンターもあるのだけれども、ちょうどレジの前だから、荷物おきばぐらいにしか使えそうもない。
 しかしだ、店内はいっぱい。若い主婦らしき人、年輩のご婦人がた・・・。予約をして行ったのだけれども席は店の隅の本当に小さなテーブル。二人用。

 百子はパスタのメニュー1300円。付き合ってもらっただんな様は豚肉のカツレツ1400円。
 料理は、まずスープ。ワンプレートの料理。たっぷりのグリーン野菜がうれしい。盛りつけはおしゃれだ。カツレツにはライス(パンもあるらしい)テーブルがそれだけで一杯になってしまった。百子はグラスワイン700円。そしてだんな様は日本酒の小瓶?1本(1300円)。最後にコーヒー付き。ちょっと昼食にしては贅沢。

 店内は相変わらず、にぎやかなおしゃべりが続く。回転率はよくないな?
 それでも次は夜のメニューに挑戦と、予約をしてきた。

 話は変わるが、今日のこと。職場に近い東京自由が丘で一人昼食をした。自由が丘の駅から5-6分のビルの4階。ビルの前に小さな看板しか出ていない店である。1か月ほど前から気になっていた店だ。ランチメニューが豊富で、どうもパンもそこで焼いているらしい。思い切って入ってみた。
 主婦らしい若い女性や小さな子供を連れた女性客で、広々した店内はいっぱい。一人客も多い。ガラス窓からは、4階からみるちょっと意外な自由が丘の姿。
 そしてランチ価格は、郊外の百子の家のレストランと同じ程度。メニューもスープと料理、コーヒーとほぼ同じ。さらに驚いたことに、ワンプレートで運ばれてきた盛りつけは、郊外の百子の家の近くのレストランと、ほぼ同じスタイル。うーん。これがいまのトレンド?

 さて問題は料理の素材と味だ。それとサービス(洗練度とプロ度)
 勝負はやっぱり自由が丘の勝ちかな?野菜の鮮度はどちらが勝ちとは言えないけれど・・・。百子が今日食したもちぶたのソテー、オレンジソースかけはなかなかおいしかった。昼食としてはヘビーだったけれども。

 百子の家から駅までの道には、いろいろな飲食店が並んでいる。もちろん小さいながらホテルもある。駅前には、吉野家もケンタも松屋も、ガストもある。時々、新しい店ができて、それでも一年ぐらいで消えていく。今年になって、まだ開店してから1年ぐらいしかたっていないおしゃれなイタリアンの店が閉店していた。そのあとはまだシャッターが下りたままだ。

 繁華街でもそうだ。だから繁華街とは遠くなる郊外でそれなりのレストランを、長ーく続けるのは難しいかもしれない。はじめの一回は行ってみるけれどもリピーターになるかどうか・・・。今度は夜のコースに挑戦するのだが・・・はたして百子はあの店のリピーター客になるだろうか。

 ちなみに、その店、一応バス通り沿いにある。近くにジョナサン、バーミヤン、そして回転すし屋もある。
 そうだ、最近ユニクロもできたから、その辺を闊歩する若いお嬢さんや主婦は多いのかも・・・。がんばれ!
 









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2011年03月06日

花粉症

 最近は、花粉症の話が当たり前のように語られるようになった。
 「花粉症がひどくて・・・」なんて言うことも、人にはこぼせないようになっているような感じだ。予防するのは当たり前、そんな風潮になっている。
 
 それにしても今年はひどい。今飲んでいる薬では、なかなか症状が治まらない。
 朝から涙・鼻水が止まらず、起きだし時に薬を飲んで・・・。でも入試監督のための出勤途中、涙がぽろぽろ流れて・・・。目が腫れているぞ!あーあ。花粉症を発症してから約10年。年によってずいぶん花粉量に差があったようだが、何しろ予報通り、今年は辛い。
 
 いまや、花粉症は病気にあらず。仕事にさし障るようでは、ビジネスパーソンとして失格。そんな風潮が感じられる。目薬を日に何回もさして、飲み薬は必携。マスクも本当はしたほうがいいのだけど、あまり好きではないし・・・なんていってられない。

 日差しはまったくもって春の気配。寒さも時々真冬並みにぶり返すけれど、一度開いてしまった杉の花は、閉じることはない。桜は咲いてほしいけれども、杉の花はさいてほしくないなぁ。まったく。 
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2011年03月05日

お別れ講義

 昨日は、お別れ講義。本年度職場を去る3人の先生方の最後の授業(教員対象)。そして送別会(その間に定例の会議)

 お一人はキャンパスが違う学部の先生。あとのお二人は、職場は同じだが、そのうちのお一人は、ときどきお見受けするだけでお話をしたことがない先生。だからどんなポリシーをお持ちなのか存じ上げない。もう一人は時々お酒の席をご一緒する短大時代からの先輩。
 キャンパスが違うお一人の先生のご出身はコンサルタント。だから現在の企業がおかれた環境やこれからの課題を、理路整然と一分の隙もなくお話しなさる。時にはダジャレなども入れながら、それでも完璧なご講演。「すごい」。初めて、その方のお名前もプロフィールも知った。そん方がいらっしゃったんだ・・・。
 
 同じキャンパスであってもほとんど接触がなかった先生。白いお髭で、かなりユニーク。『創造性開発』がご専門とのこと。で、テーマは、いきなりご自身が行ってきた一年生のゼミの内容紹介、というか紹介を兼ねた、ご自身の大学教育への思いをアピール。
 共感した。
 あとお一人の先生は、「キャリア教育」がご専門である。よくお酒の席で、「キャリア教育」についてのお話をうかがいながら議論もさせていただいた。その先生のご講義の最後の締めは「内的キャリア開発」のお話し。
 図らずも、このお二人の先生、おっしゃりたいことが一致していた。

 現在大学教育には、いろいろな事が要求されている(このことは以前何回か書いた)、「就業力」「社会人基礎力」などの開発に示される。「キャリア教育」だ。
 では、キャリア教育とは何か?
 
 「キャリア教育」であろうと、アカデミックな学問の探究であろうと、大学教育の本質は、変わらない。自分で考え解決しながら社会の中で他の人とかかわり合いながら自己実現していける人材の育成ではないか。(自己実現という言葉はあまり好きではない。あいまいだからだ。そう、言い換えるなら、お髭の先生がおっしゃったような『自分にとっていい人生だったな』と思えるような生き方か)
 『いい人生』だったと思える人生は、有名な会社に入る事でも、自分が憧れてる仕事に就くことでも、ない。自分が納得して、打ち込める仕事を持ち、日々自分自身が向上する楽しさを味わう(これは周りの人からの評価ともいえる)事が中心になる。
 どうしたらそういう人生を送る事が出来るか、それを考えさせることが「キャリア教育」ではないだろうか。
 
 だから学生には、まず「考える」「解決する」、そして「自分自身を内省できる能力」を身に付けさせる。本を読むことでももいい。仲間との葛藤を経験することでもいい。何かにチャレンジすることも大事だ。そうして自分自身で考え解決していくには、学問の世界を探索できる興味と能力も必要となるだろう。それをできるだけの時間が4年間にはある。その手助けをするのが教員だ。
 「キャリア教育」が目先のスキルや知識の習得とばかりにならないようにしなければならない。「内的キャリア」に目を向けるべきだと。
 全く同感。

 送別の懇親会は和やかに進み、そのあと、「最後の講義」に賛同していた他の先生方とソバ屋で2次会。やはり、お話しをしてみないとその方の考え方は分からない。意見を交換する、その重要性を痛感したひと夜でもあった。






 
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2011年03月04日

春なのにぃ

 日差しの明るさが春を感じさせる。しかし、それは家の中にいるときだけで、一歩外に出れば冷たい風がコートから体の中にしみ込んでくる。そんな昨日だった。
 
 テレビを見れば、インターネットで試験問題を流した予備校生の話ばかり・・・。当然こちらも興味がないことではないので画面に見入ってしまう。そして昨日「逮捕」された・・・・。???逮捕。何とかという罪らしいが・・・なんだか予備校生が可哀想になってしまう。もちろんカンニングはいけない事だけれども、逮捕?刑事罰?うーん。これってすごすぎない?彼の将来はどうなるのだろう。かなどと。
 
 大学側には落ち度はなかったか?何だか時代についていけない、でも「すごーい大人」が自分たちの理解できない、あるいは思いもよらなかったことに遭遇して、「それはけしからん!」とぴしゃに言っているような感さえ受ける。
 もちろん予備校生の取ったことは許されることではないけれど、例えは悪いが、普通?(いままであったような)カンニングを試験会場で行って、それが発覚した場合は、厳重注意で試験会場から追い出され不合格となる、程度のことだ。もちろん今回のように世間を大騒ぎさせるようなことはない。
 そういう意味では、本人の今回のような、こんなにマスコミを騒がせるような愚かな行為をしてしまったことが、なんとも可哀想だ、なんて思ってしまう。まぁ自分がしたことに対して自分が責任を他らなければならない事は、当然だけれども。

 それにしても今朝のテレ朝の番組で、長嶋さんが「僕だって大学の時、カンニングしましたよ。だって野球ばっかしていて勉強なんかしていなかったんだもの」と言っていた。うーん時効とはいえ、彼の方が非難されていいんじゃないの?野球をしていたから、カンニングをしていいとは・・・。詭弁にもならないほどお粗末な話だ。
 それと同じレベルで今回のことを論じてほしくないな。

 さてこれから伊勢原まで。外は寒そうだ。今日も冬のコートを着ていこう。春なのにぃ。 

posted by 百子 at 08:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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