2010年12月30日

2010年考

 今年もあとわずか。2010年度のブログは今日でおしまいとしよう。今年はどうだったか。
 
 1月1日。家族で訪れた京都金閣寺でひいたおみくじが「大吉」。2年連続の「大吉」であった。そして新年が始まった。
 ほどなく、NHKの出演依頼が来て5月「ドラクロワ」出演。昨年出版した「女36歳からでもキャリアは作れる」の主旨の側面からのアプローチではあったが、またまた多くの方々に見ていただき、多くの人たちとの出会いがあった。
 仕事では、学部2年目の教員生活が順調に進み、9月、もう何年もい続いている仲間たちとのチベット旅行。高山病を体験したものの、有意義な旅であった。
 何やかやと忙しい時もあったが、体調はどうにか持ちこたえ大病をすることなく今に至っている。あっという間の一年であった。

 大きく変わったといえば私生活だ。仕事が終わった後をどう過ごすか・・・子供たちを頼らず、楽しく生きるにはどうしたらいいか、何年も考えていたことだけれども、思っ手もない展開が起こり、急転直下どうにかめどが立ちそうな感じでもある。

 さて来年。明日から出かける旅先の1月1日。おみくじを引くか引くまいか迷い続けている。2年連続の「大吉」。3年は続くまい。それを覚悟で、再度挑戦するか否か・・・。「小吉」どころか「凶」が出るかもしれない。来年の運勢。
 それでも「おみくじ」引き続けるか。否か。

 もう、人頼みの運勢を信じる年齢ではないのだろうけれども。自分の運勢は自分で切り開くものだから。

 さつ、来年も頑張ろうっと。





 

 
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2010年12月28日

年末多忙

  東京国際フォーラムでクリスマス音楽を聞き、その日の夜は銀座のごく普通の中華屋で餃子と焼きそばを食べて、次の日は鎌倉芸術劇場でレニングラードバレー団の「白鳥の湖」をみて、早くも第一部で居眠りをし、夜は大衆価格の 「ふぐなべ」を3家族10人でつつき、またその次の日は「武士の家計簿」の映画館で、映画を見ながら涙を流す人を不思議そうに眺めて、その夜は息子たちと居酒屋で。さらにスペインパブで飲み続けて・・・そして今日である。
 朝から掃除。洗濯。大阪から帰ってきている息子はまだ目覚めず、そして今日は福岡から息子が帰省する。いよいよ年末イベントのクライマックスに入る。スクーリングの採点は、もう済ませて送ったし、たぶん年末にする仕事はすべて・・・終わり。と思いたい。しかし、こんな毎日の中・・・緊急時の居場所確認のために、決められた時間に「職場に電話せよ」という業務命令をすっかり忘れてしまってしまった。まだ何か、大きなことを忘れているようで、まだぼうっとしている頭をさっきからたたいている。
 3月に行う松山吟行の申し込みの有無をお知らせいただいた方々には、確認のメールも送ったし・・・。やるべき仕事は終わった・・・よね。年末に出かける温泉への切符も昨日買ったし・・・来年の手帳もカレンダーも用意したし・・・。

 あっという間に今年が暮れ…またあわただしい一月が始まる。来年はもう少し穏やかに毎日を過ごしたいものだ・・・。おっとそう行かぬか・・・
 

 
 
  
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2010年12月24日

年末・雑感

 年末の仕事が始まりかけている。年賀状…、片付け・・・昨日は長くアメリカで生活しているという家族のために今年初めての餅を作った。久しぶりの日本だと聞くからだ。でもアメリカで育っている子供たちは日本の食材に対してどんな風なんだろう、などと思いを馳せている。

 自宅用にと少し取っておいた餅を今朝、早速雑煮にした。我が家は田舎風の醤油味。大根、シイタケ、ニンジン、そして冷蔵庫にあったシメジ。最後に三つ葉。カロリーを気にしながら小さめの餅を二つ。もちろんしっかり薬は飲んで・・・。

 先日、2カ月ぶりに医者に行って血液検査をした。「2カ月ではあまり効果が見えませんよ」などと看護婦さんやお医者さんに言われたのだけど、なんだかウエスト周りに自覚症状があって、それにしっかりカロリー計算をした2カ月。効果が表れないはずはないと・・・結果は今日聞きに行く予定。年末年始を迎えるにあたって、しっかり体調管理をしておかなくちゃ・・・。

 先日NHKのドラクロワでお世話になったディレクターと奥沢のフレンチレストランで昼食。雑談というか情報交換というか近況報告。ドラクロワの視聴率が「まぁまぁ健闘している」「という状態だそうだ。百子が出演したデモ版が最高の視聴率だったとか(7.3%)・・。来年春の番組改編で一応終わるのだそうだが、また来秋再開するかどうか、ということらしい。
 実は、ぜひ取り上げてほしい人がいる、とお願いしたのだが、そんなわけで保留。しかし他の番組に是非紹介したい…と言ってくれた。
 その人は「竹村陽子さん」。先のしブログで紹介した身障者で、歌人で時代小説作家だ。それに、彼女を支えるボランティアの人たちのこと・・・。 ぜひ彼女達を世に出したい・・・。

 さぁ、これから年賀状を仕上げて・・・医者に行って・・・買い物をして・・・ひとまず今日は仕事のことは忘れて、年末の雑用をする。




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2010年12月21日

ショック!

 あぁショック!。

 三男が結婚するらしい。彼、現在大阪勤務だけれど、会社が全額学費を出して行かせてくれていた、「マーケティングマスターコース」を落第し、局長に大目玉をもらって「前代未聞」だといわれ、来年は中国の田舎に短期出張だと言われ…どうもそれで自棄になったのか。急に東京の会社に転職するとのメール。とってつけように「結婚する」って。

 すかさず、「彼女のために転職するとか、会社が嫌になったから(中国に行きたくないから)転職するってどうなのよ」、と返信。
 それにそんなに急に転職できるなんて、「アンタ、妥協したの?」って・・・。以前から、東京に戻りたいとの意向は聞いていたし、転職活動もしていた事は知っている。それでもまだ大阪1年半。まったくぅ。

 彼はいつまでも風来坊でひょいひょいと人生を送ってくような気がしていた。だから結婚はまだまだ先だろうと・・・(まぁこの先どうなるか分からないけどね)。今までだって、何人「結婚したい」という女性を紹介されたか・・・。

 子供が親から独立していくのは当然だけど、こんな風な展開はね・・・。とちょっとショックを受けている。ふぅー。

 おいおい、それはそうと、今まで「無心」にこたえて援助してきた分どうするの?それに叔父にも借りがあるでしょ。それをキチンとしてよねぇ 
独立した「おのこ」なら。アンタ、結婚するんでしょ。

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2010年12月20日

もう年末

 「忙しいうちが花よ」なんて言われるけれど、限度がある。この一週間、いや10日間、ただ目の前にある仕事をこなすだけの毎日だった。こんなときは、余裕がなく頭が空っぽだった。
 そんな状態があと一日で終わる。少し、時間を自分の手に取り戻さないと。・・・
 でも、レポートの山が残っているし。そうするとまた、一年で一番忙しい学期末が待っているし・・・。
 忘年会の予定はあと2つ。いや正確に言うと明日の昼も入っているからあと3つ。
 年末の家族旅行は西伊豆である。去年の京都の、あの寒さにまったくもってこたえたからだ・・・。まだまだのこっている仕事はいっぱいだ。

 さっき、お世話になった人へのクリスマスプレゼントを買いに行ったら店の前には「クリスマス25日までテンポは閉めます」なんて貼り紙が。自由が丘で有名な洋菓子店だから、従業員フル回転でケーキでも焼いているのかしら。お茶ができる店舗なんてやっていられないのかもしれない。
 どうしよう。24日までには届けなくては・・・。どこにしようかな。

 家の中も掃除をしなきゃぁ。特に台所のレンジ。息子たちが帰ってくるだろうから布団も干しとかなきゃ。なんでもかんでも押し込んでいる納戸も、もう限界。リサイクルショップにもっていきたいものも山積みだ。あーあ。年末は忙しい。
 こんなブログ書いている暇があったら、たまっている仕事を・・・そうだね。時間は限られている。
 でも何でもかんでも、年末までにしなければならないのは無理だな。。

 そうだ、まだ年賀状が手つかずだ・・・最優先!
 
 
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2010年12月14日

思いもかけない出会い

 たぶん30年ぶりだろうといっても、最後に会ったのが、彼女が1歳か2歳だから、もちろん彼女は覚えていないだろう。妙なご縁の娘さんというか女性。昨日その女性と約3時間楽しい食事の時間を持った。

 きっかけは、先に中央区で行った講演会。公演が終了すると一人の女性が近づいてきた。「・・・です」。何度か「えっ」言ったきり、どこの誰?と。そして鳥肌が立った。あの、あの、「・・・ちゃん?」。思いもかけない出会いだった。しかし、その日は予定があり、彼女と再開を約束をして別れた。そして昨日になったのだ。
 これも、昨年出版した拙書がもたらした再会。彼女は中央区の広報のビラを見て来てくれていた・・・。もちろん本は読んでくれているらしい。

 ずいぶん前に縁が切れている、元夫の弟の長女。普通なら姪ということだ。彼女のお母様もまたその婚家とは、百子と時を同じくして縁が切れたらしい。我が家の息子たちと同じ境遇で育った。そして彼女のお母様も郷里で仕事を、「楽しそうにやっています!」という。

 興味があったのは、婚家の情報ではない。それはもうとっくに終わっている。そうではなくて、今彼女が、自分が育った環境とか、今の仕事にどんな価値観を持っているかということ。百子の息子たちと同じような境遇の中で彼女がどう育ってきたのかということ。そして彼女のお母様が、どんな風に子供を育ててきたかということ。
 
 何やらかやと話が飛び、あまり核心には触れられなかったけれど、なんだかとてもうれしかった。彼女の明るく話す姿を見ていると、わが子育てもどうやら危惧することはないのかな、などと妙に嬉しくなった。
 正確に言うと、血縁関係は百子とはない。息子たちには従姉妹ということになる。
 
 でもこんな出会いもあるのだ。思いもかけないことで、この年になって人のつながりが広がっていく。


 
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2010年12月12日

人間の知性・感性に感動!

 珍しく何年かぶりに時代小説を読んだ。短編集。そこにははかなくも一途な男と女の、母と子の、師弟の絆と・・・が簡潔だけれども情感あふれる文章で綴られている。小説として短編ながらも読みでがある。読みながら、その世界に引き込まれ、電車の中で涙さえこぼれそうになった。その本は・・・

   竹村陽子 公達浪人事柄控「追憶の旅」 (NPO法人双牛舎・出版:自費出版)である。

                             追憶の旅陽子竹村.jpg
                           

 この著者は、重度の障害者である。義務教育も受けず、母の支えを受けながら父の蔵書から学び取った。そして自分の心の中に創作の世界を築いた。ルビを付けなければ読めないほどの難しい表現(漢字)を使いこなし、それが江戸時代の史実に忠実であるということも、著者の知力の高さを裏付けている。
 しかし、どうしてここまで、人間の心の機微を創作物の中に紡ぎだせるのか・・・・。彼女の短歌を読んでいただきたい。

   とくとくと耳たぶの後ろ流れいる血潮よ私は恋を知らない
   赤き紅口あやしく闇に輝かせ夫待つ鬼となりてもみたし
   我という身障の娘に係わりて母に普通の老後はあらぬ
    ・・・・・・・・・・・・・・                     歌集「時のウインク」竹村陽子

 彼女は重度の脳性マヒとして、この世に生を受けた。義務教育を拒否されながらも、母の強い愛情の元で、長野、松本の地で育った。大学教員であったお父様の蔵書を読み漁ったのだろう。お母様の読み聞かせであったかもしれない。そして、彼女は書き始めた。その当時はまだ手足の自由が少々利いていたらしい。英文タイプのローマ字で書き溜め、カナタイプが世に出始めると、ひらがなで書き溜め、そしてワープロの時代になると、創作活動は一気に加速した。短歌、エッセイ、そして小説・・・
 現在の彼女は手足がほとんど動かないらしい。体も硬直してきていると聞く。心の支えだったお母様もなくなって、一時は絶望のどん底に落とされたらしい。

 ではなぜこの本が世に出たのか・・・そこには献身的に彼女を支えるボランティアの方々がいる。聞き取れないほどの彼女の言葉に、会った当時はショックを受けたというそのボランティアの方々は、彼女の創作活動を口述筆記という形で、今も支え続けている。もう竹村さんは、人の手を借りなければパソコンをうてないようだ。そのボランティアの方々も、もうかなりのご高齢と聞く・・・・。
 著者の竹村さんが洗礼を受けたという教会の奥様とそのご家族が、ワープロに残されていた彼女の原稿の一つ一つをパソコンに再入力してくださったことも、この本が世に出るきっかけになったと、その「あとがき」には書かれている。

 だからこの短編小説が面白いといっているのではない。確かに久しぶりの時代小説だったからかもしれないが、この本には、忘れていたような人間の心の機微がびっしり詰まっていて、なんともやさしい。そして純粋である。

 それに著者の状況を重ね合わせると、彼女の心の中に素晴らしい知性と感性を感じるのである。

     寝返りもできぬ体を脱ぎ棄てて<魂>のみで生きて行けぬか
     動けぬ我の動かぬ左腕の血管を狙い澄すまして蚊が刺していく
     だんだんと自分の先が見えはじむ身障者の一生はこんなものかと

     この本が見知らぬ人に読よまるるを思いて胸の熱くおりたり       
                                                同

 
 ぜひ多くの方々に読んでいただきたい。そしてその収益を、このような身体に不自由な方々の創作の手助けになるようなIT機器(パソコン・ソフト等)の開発と普及に使っていただきたいと思っている。

   お問い合わせは、百子のアドレスにお願いします。頒布価格1500円。四六版287ページ(送料は当方で負担します)





posted by 百子 at 10:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月10日

晴天の日

 一日一日と、年の瀬の感じが強まっていく。寒さもやっと例年通りとか・・・今日など朝から晴天。雲ひとつない空が広がっているけれども、結構寒い。でもまだ冬のコートはきていない。

 日に何枚か、年始欠礼の葉書が届く。一昨日には、この一年にお母様、そして妹さんを亡くしたとの友からのお知らせがf届いた。悲しい。急いで昨日 お悔やみのお花を送った。
 パソコンを開けると、中学の同級生の訃報が届いていた。急な死だったらしい。昭和39年群馬大学付属中学卒、その永久幹事的な友人が知らせてくれた。彼は中学の時から全校のリーダー的な存在だった。相変わらず我々卒業生の輪を作ってくれている。
それにしても同級生の死は、こたえる。なにしろ同じ年齢だから・・・・。心からご冥福を祈ろう。

 年末と、新しい年の端境期の月。いつもの月とは違う感情がわき出る毎日だ。
 今日のこの雲ひとつない晴天も、見上げていると、その向こう側に厳しい寒さが、寂しさになって漂っているような思いがする。

 静かな一日。朝から何処にも出かけず、ただただ、暖かい日差しが入り込む部屋で、猫のように丸くなってぼうっとしている。 

 
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2010年12月07日

機が熟す

 週末、仕事をしなければと一日空けておいたのに、仕事のことなどすっかり忘れて、ぼぉーと俳句の本を読んだり、テレビを見たりしてしまった。その何日か前から。そして昨日の朝早く、「あっつそうだ」あの仕事をする予定だったのだ、これも・・・」と思い出し、冷や汗だらだらという始末。
 そのたまっていた仕事も昨日今日とある程度片付いて、今は又いつもの授業日が進んでいる。

 でも不思議なものである。仕事のことなどすっかり忘れて遊びほけている(今週あたりから忘年会がかなり入っている)と、その反動か、仕事がしたくなってくる、と言うかしなければと自責(脅迫)の念が湧いてくる。全く困った習性だ。

 テーマはある。だから今朝もバスの中でいろいろと考えていた。どう進めようかと・・・。これも昨日からの仕事モードがそうさせたのだと思うけれど。まぁその前に遊び惚けていた何日があるけどね。
 
 心の中のもやもやとしたものが、ある時、急に形になって表れてくる。テーマがはっきりしてくる。特に昔、企画という仕事をやっていた時によく感じたことだけれど。出版された拙書の原稿を書き始めた時もそうだった。ぐずぐずと考えていて、ある日イメージがぱぁっと浮かんできて、そして書き出した。
 それは、今のような状態だった。行動を始めるという機が熟した時だったのだろうか。
 
 さて、動き出そうか。現役最後の仕事になるかな?今回はフィールド調査を中心として進めたい。皆様にお願いすることも出てくるかもしれない。どうかよろしくお願いいたします。

posted by 百子 at 10:23| Comment(1) | TrackBack(0) | キャリアデザイン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月05日

あったかソックス

            変形ソックス.jpg

 友人の手編みの変形?ソックスである。もう何度かはいているので、足首のところの幅が少々伸びているけれど。そう、赤と白とブルーの格子の部分が足首のところである。そして口が開いているところが、踵。

 以前からこの形の部屋ばきソックスを重宝していた。市販されているものである(以前ブログに書いたこともある)。どういうわけか、足の甲とか、足首の前の部分が、時々、明け方に“つる”のである。きっと歩き方がおかしいのだろう。
そんな話を昔からの友人にしたら、なんと、彼女手編みをして送ってくれた。
 
 それが届いた日。なんだかもったいなくてただ眺めていた。そうしたら、なんとその夜の明け方、「早くはかせてよ」と言わんばかりに、足首の前がつってしまったのである。そんな時は手の施しようがなくて、ただただ部屋の中を歩き回る。
 その時も、真っ暗な部屋の中を、痛さがなくなるまで歩き回った。テーブルの上にはまだ、封筒に入ったこのソックスが・・・それを暗闇の中で感じながら・・・。

 その次の日から、しっかりとこのソックスをはいている。ウールだからとってもあったかい。夜だけでなく昼間もはくようになった。指が出ているから、素足の感触も味わえる。なんといっても足首の暖かさが嬉しい。それにこの色彩が楽しい。子供が雨の日の長靴を見せびらかしたいように、誰かに見せたい気分だ。

 実は、このソックスをはいた足の写真を載せようかと思ったのだけれども、しかし、なんだかリアルすぎて恥ずかしい。だから写真はソックスだけにした。
 美千子さん、ありがとう!



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2010年12月02日

師走だぁ。ブログ丸5年

 12月にはいった。毎年この時期になること「12月だぁ・・・」書いている気がする。

 もうこのブログは、書き始めて何年になるのだろう。調べたら、2006年1月5日が初めてのブログアップの日だった。ということは来年の1月5日で、丸五年になるということか。よく書き溜めたたものだ・・・最近はどうも記事をアップする回数が少なくなっているけれども。
 書く内容も現在は、いろいろなことで制限されているから(というより自分で制限しているので)なんだか、「書かなければいけない」というような義務が先になっているような気もする。というか、自分の周りの状況とか自然に対しての感性が鈍くなっているのかもしれない。
 還暦を迎える何年か前から続いていた、老後をどう生きようか、仕事をどうしようか、などという人生の終盤を迎える葛藤というようなものも、最近では「開き直り」が先に立って「どうにかなるさ」などと高をくくれるようになってきた。
 だから、ブログの内容も微妙に変わってきている。
 
 かといって、これからの人生、漫然と時間をやり過ごすというような生き方には、やはりいまだに抵抗がある。何かしなければいけない、という気持ちはいつも心の奥深くでくすぶり続けている。これは自分だけのことではなく、団塊の世代に共通な生き方なのかもしれない。走り続けてきた人間の習性だ。

 で百子は、何をするか。いつ取り掛かるか、そのあとはどうするか・・・このブログに書き続けようと思う。日々の雑感とともに。
 
 時々このブログを読んでくださる方々、ありがとうございます。まだ百子はこのブログとともに走り続けます。
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