2010年11月29日

平林寺紅葉狩り

 自宅からバスで13分ぐらいの所に平林寺がある。臨済宗の禅寺である。そこで今が盛りの紅葉狩りをした。
 こんなに込んでいる平林寺は見たことがない、というぐらいの人出。藁ぶきの山門にイロハモミジの紅葉が映える。裏山の散歩道も、ひと人でいっぱい。その中で、ふと眼をとめた木があった。

                        2010-11-28_14.10.26.jpg

 葉の色づき具合はまで友禅の着物のよう。何ともいえない配色だ。
何の木だろう。丈は1m50pぐらいか。葉は、手を広げたようだ。よく見るとアジサイの花弁のような枯れた花がある。花は枯れていて色は茶色。
 同行していた俳句の師である水牛さんが「かしわてあじさい」だろうと教えてくれた。そうかアジサイの葉っぱの形とはほど遠いけれど、花は、まさしく「ガクアジサイ」だ。
 うーん。しかしこれを俳句に詠みこむとなると難しい。朝から頭を悩ませている。
 
 この平林寺の紅葉狩りでいろいろな言葉を覚えたぞ。紅葉蓆、紅葉笠、いろはもみじ、オオモミジ・・・。俳句のネタはいっぱいあるのにどうしてできないのだろう・・・。頭の中に、いろいろな色が渦巻いている。




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2010年11月26日

「孤舟」

 午前中にアップした記事。「あれを食べるとお腹をこわす」という書き込みが、あとむさんからありました。百子は大丈夫でしたが、大阪にいる息子に、土産として送ったのです。あとむさんの胃にはなじまなかったのですね。とはいえ…そんなことを言われると、百子はお昼に食べた、まーぼー豆腐がまだ胃にもたついて、そういえば頭がくらくらするようで、舌もしびれるようで…なんて暗示にかかっています。

 これは、いま読み終えた「孤舟」渡辺淳一のせいでしょうか。新聞の広告につられて衝動買いに走り、それでも一気に読み終えたのですが、読後感は、いまいちです。
 団塊世代の主人公の日常生活を通しての葛藤が書かれています。定年退職後の生活です。渡辺淳一さんらしいのは、主人公がデートクラブを通じで、若い女性と知り合い…目的を達成するために一生懸命になるところでしょうか。滑稽です。
 しかし概ね内容は、すでにいろいろなところで評論されていることばかり。我ら団塊の世代にとっては目新しいことはありません。あの新聞広告は…誇大広告?まんまとしてやられました。1600円もしたのに…出版不況がわかるような気がします。図書館で、あるいは立ち読みで十分でしょう。まだあとむさんの書き込みの方が、切実です。

 お腹が、あの「まーぼー豆腐」のせいで、すっきりしていない今、次は「中公新書」の「俳句的生活」(長谷川櫂)でも読み始めて、気分を穏やかにしましょう。





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陳麻婆豆腐

 炭水化物を制限している身としては、外食は鬼門である。で最近、なるべく自宅で、と思っている。特に昼食。ついお蕎麦とか、うどんとか、スパゲッティに走ってしまいそうだからだ。一応炭水化物抜きは夕食だけにしているから、(甘い?)最近の食生活は、朝はパン一切れとトマトなどのサラダをたっぷり。昼はお弁当が基本。ご飯の量は、まとめて炊いたご飯を、冷凍用のパックに少なめに入れたのを一つ。これは茶碗に軽あるく一杯分となるのだが、それを弁当箱に入れて、後はおかずを入れている。

 しかし・・・昨晩、友人と行きつけの「神谷」に。ふぐ鍋を食べ(すこぶる安い)、当然最後は雑炊となった。ご飯抜きを宣言している身にはつらい選択だったが、誘惑に勝てずちょいと食してしまった。というわけで、今朝はパン抜き。皮むきしたとトマト一個と、ハム、飲むヨーグルトコップ半分、コーヒーだった。
 今日は一日ゆっくりと本を読んで仕事をしてなどと思っている休日だからか、気持ちのゆったりさと同じようにお腹も軽くて落ち着かない。というわけで・・・
 お昼はどうしようとそればかり思案・・・。食には意地汚い百子である。

 いろいろ考えた末、マーボー豆腐を作ることにした。幸い、冷蔵庫の中には、木綿豆腐が眠っている。百子特製のマーボー豆腐の作り方はあるのだが、今日は簡単に、9月のチベット旅行の帰りに成都で仕入れてきた、「陳麻婆豆腐」で作ることにした。
                                     
                  陳さんのマーボー11-26 10.14.09.jpg

 それでもやっぱり、ニンニク、しょうが、山椒の実をみじんに切り少量の油でじっくり辛さを出し、ひき肉を炒めて水を投入。鶏がらスープの素を少々入れそこに豆腐を一丁サイの目に切り投入。さらに、陳さんのマーボー豆腐の元を一袋入れて、ぐつぐつ煮た。(上の写真の箱の中には、小さなマーボー豆腐の元の袋が4つ入っている)。いつもは豆腐は低温でゆでておくのだけれども、今日はしっかりした木綿豆腐だったので、水切りをしてそのまま投入。水分を調節するぐらいにしっかり煮詰め、最後にネギを入れて完成。出来上がりの色は、いつも行く「チャイナドウル」のマーボー豆腐のような飴色に。ここまで味の確認なし。出来上がったマーボーを深めのさらに入れ…。まだ食していないので味はわからないがたぶん、お・い・し・い、だろう。
 もちろん、ご飯は、冷凍してある、お茶碗・かあるく一杯分で、今日の昼食を済ます予定だ。 残ったマーボー^豆腐はどうしよう。冷凍して大丈夫かなぁ・・・。

  さぁ。そろそろ 早めのお昼としようか・・・。まだ早い?
  それにしても、くいしんぼうだなぁ。これで体重調整は大丈夫?

追伸:この「陳麻婆豆腐」楽天市場でも売っています。




                                
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2010年11月24日

雨上がりの秋・日差し

 雨が通り過ぎて気持ちの良い日差しが照っている。風はちょっとひんやり。冬を目の前にした晩秋の気配だ、と言ってもまだまだ銀杏の木々は青いところも目立つ。
 体調がいいのか、授業が順調に進んでいるからか、気持ちが軽い。どっか、美術館でも行きたいところだ。
 心の中の心配ごとの球のいくつかがあっちに行ったり、こっちに来たり…中にはだんだん小さくなって消滅したりしている。まぁ大きくなりそうなものもあるけど・・・心を押しつぶすほどではない。

 なんだか分からないうちに、髪の毛が抜けていき、かつらをかぶらなければならないほどになったという友人がいる。その彼女も「脱皮したみたいに細い毛が生え出したわ・・・」と。彼女何か月前に階下に住んでいたお母様をなくし、その前にはお父様を亡くし、女姉妹だけのゆえに、喪主や相続やら気を使うことが多かったと聞く。でも、気丈に頑張ってきた。ストレスを意識しているわけではないようだ・・・けど。
 彼女の心の中には普段とは違った何かの球がごろごろしていたのかもしれない。それが時間と共に、あるいは気の持ち方によって解消されていく。それとともに「毛」が生えてきたのかもしれない。
 
 自分自身に置き換えて。人生には曇りも雨の日も、あるけど晴れの日も必ずある。そんな日は天気の「晴れ」に気持ちをあわせてより意識的に心も「晴れ」にすることも必要だ。そうすればもっと早く「脱皮」できるかもしれない。などと考えたりしている。



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2010年11月23日

タクシー会社の新しいサービス

 休日。遅く起きて新聞を取りに行った。いつもは忙しく新聞だけを取り出すのだけれども、今日は休日。一緒に入れられていたビラ類にもじっくりと目を通す。すると「タクシー会社の新しいサービス」というビラが。この近くを拠点にしているタクシー会社だ。
 
 病院への送り迎えはもちろんのこと、診察券をあらかじめ病院の受付に入れておく。薬の処方箋を預かり薬局で薬を受け取る代行、おひとり暮らしのお年寄りの安否確認、かかりつけの医者を登録しておくと、必要な時に何処からでも無線で対応する、また食品などの買い物代行、など、など。その他にも妊婦さんのサービス(一人の時に陣痛が起こった時など)。
 
 なるほどね。高齢化社会の新しいサービスだ。確かに足”があるととっても助かる。百子の母も父も、たとえば買い物や病院、あるいはちょっとしした会合に出掛けるのに、自宅に隣接した処に住む娘(百子にとっては姉だが)によく車を出してもらっていた。特に地方都市に住み、交通の便が悪いところは、車がなければ生活が進まない。医者に行くにも、診察券を入れてから診察まで長ーい時間病院で待たなければならないこともある。
 それに決まった運転手さんが、それらの代行をやってくれるのなら、安心して任せられるようになるだろう。まさしく、アッシー君だ。 要はその人(タクシー会社の運転手さん)次第だろうけど。何か特別な教育や訓練を受けた運転手さんなのだろうか・・・。その辺も知りたいものだ・・・。
 でも、タクシー会社さんとしては、生き残りをかけたアイデア戦術かもしれない。


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2010年11月21日

隠れ待ち合わせ場所in池袋

 東武百貨店(池袋)メトロポリタン側の新館のB1にある「楽」。日本酒、ワイン売り場の奥の片隅にひっそりとある、カウンター10席ぐらいの小さな店である。最近その入口の前にワインを飲ませるコーナーもできたが、この「楽」はそれよりずうっと昔にできていた。7-8-年前ぐらいになるだろうか。
 
 待ち合わせ場所にちょうどよい。日本酒が月替わり。何種類かのビールの生もそろっている。最初に出てくる「ナッツ」のお通しがおしゃれでもある。昨日時間つぶしに寄った時は、「14代」の生酒が今月の酒であった。グラス120mlか60mi。
 肴は、漬物の盛り合わせと大根の「おなます」。漬物の皿には、茗荷や奈良漬、大豆の醤油漬け…などが品よく並んでいる。その他豆腐や、鯵のたたきなどもあって、ちょっと一杯やりながら小腹を満たすにはちょうどいい。
                          東武・楽.jpg

 東武百貨店のこの酒売り場は、日本酒、焼酎の品揃えが豊富で、試飲もよくやっている。もちろんワインもだけれども、この店の反対側には、オリーブ湯の量り売りのコナーもある。昔はワインの計り売りもやっていたのだが、今はどうだろうか。よく購入したものだ。
時間が空いてしまった時、酒売り場をぶらぶらした後、ちょっと一杯飲んで時間をつぶすのにいい場所だ。                              
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2010年11月18日

大学教育

 「社会人基礎能力」(経済産業省)「就業力」(文部科学省)・・・大学教育に新しい能力の開発が求められている。

 もういまの大学生は「ニーチェ」「カント」「デカルト」・・・さらには「マル経」であろうと「キン経」だろうと、知識だけでは通用しない。どんどん、新しい能力の開発が求められているからだ。
 
 確かに、百子が大学生だった頃勉強した、「哲学」だの「日本思想史」「教育哲学」などなどの勉強が、今どれほど役に立っているかは未だもって分からない。しかも,
これらの勉強がどれほど社会に出ていから役に立つものかわからぬまま、当時は、それでも必死に理解しようとし、暗記し試験に備えた。結構集中して勉強した記憶がある。それが大学での勉強だったからだ。
 そして、「へー」こんな学問も、分野もあるのだ、こんなことを研究している先生がいらっしゃるのだと、思っていた。

 しかし、今大学教育は大きな変換期に来ている。

 今悩みながら展開している授業がある。グループワークを中心とした授業だ。グループに課題を出し、それをメンバーと同士の議論を通じて、討議の内容を深め、広げて一つのグループでの見解を出させる授業だ。座学に慣れた学生だからか、正解を求める授業に慣れているからか、はじめは、なかなかグループワークが進まなかった。どうしようかと思案した。すぐに適当な答えを安易に出そうとする学生たちに、根気よく、「なぜ」「どうして」そう考えるのかを討議させる。その過程はなかなか進まず、授業スケジュールがおお幅に狂ってしまう。学生も教員も、なかなか悩ましい授業だった。
 スキルを習得させる授業であれば、成果が表れるに従って学生も教員も満足度が高くなる。
 しかし、グループワークの授業はそうはいかない。やりかけた授業を途中でやめるわけにもいかなかった。

 そして・・・授業回数が半分過ぎた昨日、やっと嬉しいことが起こり始めた。グループ編成を変えて新たな「課題」解決に取り組み始めたのだが、学生諸君が楽しそうに、自主的に討議を始めたのだ・・・。グループメンバー一人一人を見ると、それぞれが自分の役割を自覚しているらしく、みんな意見を引き出そうそしている者、メモを取る者、模造紙に書く者・・・。ブレーンストーミングがスムーズに進んでいる。
 そういえば、前回の振り返りのレポートにも、人の意見を聞くことのむずかしさや、自己主張の難しさに気付いたこと。このグループワークの体験が、「アウトプットの云々」ではなく、その経過が大事なんだと気付いてくれた学生がいたっけ。
 こういうことに気付いてくれる学生がいると教員は救われる。
 
 協働の難しさと楽しさに気付き、自己の課題を見つけてくれれば授業の目的の半分は達成される。努力は報われるというものだ・・・。
 
 今日も来週の授業の進行をあれこれとシュミレーションしていた・・・。
 大学教育で育成する能力が多様化している現在、教員は大変だ。新しい教育目的に合わせて、その教育方法を模索しなければならない。
 しかも、百子が学んだような「学問」の教育もおろそかには出来ないだろう。社会人としての教養として。その両方が教員に求められているのだ。ふー。やっていけるかなぁ。










 
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2010年11月15日

自分の歴史

 もう30年以上の付き合いになる、近くに住む友人が、家を改装した。彼女、3月に一緒に住んでいたお母様を亡くし、5月には愛猫をなくし・・・その彼女が思い切って長年住んできた家を改装した。お母様の遺品も、大事なものは除いてほとんど整理したらしい。「早すぎるかしら…」などとブログに書いているが、前を向いて生きる、心の踏ん切りをつけるにはいい決断だったと思っている。
 
 今日時間が空いたので、ちょっとその彼女の家を訪ねた。こぎれいに仕上がっていて、住みやすそうだ。お父様、お母様が愛用した遺品の数々がさりげなく、しかし、しっかりと飾られていた。「母と父に見守られながら、これから自分のために暮らすわ」と。「それに私もこれらの品々のように、生きた歴史を作らなくちゃ」という。
 子育てが終わり、仕事が終わり、そして介護が終わり、残された時間をどう過ごすか。彼女はいま、それを模索している。

 そうかぁ。歴史ね.彼女と話をしながらつくづくと考えた。どう生きたかの歴史。なるほど。一瞬一瞬の積み重ねがその人の歴史になる・・・。その生きた証拠を残す。
 
 自宅に戻って見た「テレビタックル」出演者が「いまの人は(政治家も含めて)歴史を勉強していない。だから、何事に対してもその方策がわからないで、おろおろするのだ・・・」と息巻いていたが、確かに。
 たとえば一人の人の生きざまとしての歴史なら学習能力もあるだろうから、同じ轍を踏まないでやり過ごすこともできるかもしれない。年とともに要領がよくなり、分別もできる。打算だって身に着く。知恵も付く。自分で自分の人生をコントロールもできる。なんといっても自分のことだから、責任が自分だし。
 しかし、一国の歴史となるとこれは難しい。これが今の政治の混乱を招いているんだなぁ。政治家みんなが、歴史を作る当事者としての責任を回避しているように見える…。などと思いながら・・・。まぁ政治批判はやめにして・・。・

 自分が生きてきた(生きていく)歴史は自分で作る。いや自分で責任を持って作りたい。人のせいにするのではなく、運命となげくことなくすべてが自分の責任で、自分の人生があるのだと肝に銘じよう。友のように。
お互いに頑張ろうね。また遊びに行くよ。



 
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2010年11月14日

今日は学園祭

 早めについてしまったがすでに学生はいっぱい。準備に明け暮れている。部屋で片づけものをしていると、窓からは模擬店の食べ物を売る学生の声が響いてきた。窓を開けて階下をみた。もうかなりの人が来ている。ご近所の方々も多いようだ。この大学では、地域との交流を図ることを目的とした授業やイベントも多い。

 で早速庭に出て、焼きそばと焼鳥、豚汁をゲット。そこに「たこ焼き」の出前販売の学生が来て、それもゲット。うわー食べすぎだぁ。と書いたら、研究室まで出張販売嬢が。農大とのコラボで、ジュースとイチゴジャムを売ってます、とのこと。で、ジュースをゲットした。これで今日の昼食終わり。
 午後からは坂東英二氏の講演やら、お笑いライブやらがあるらしい。卒業生のホームカミングカフェ。、昨日は百人以上の卒業生が来たらしい。そうか卒業生も多いんだぁ。母校だもんな。今日はこの研究室にも卒業生が訪ねてくれるのだろうか・・・。
 
 母校といえば、百子が大学生のころ。目白祭の実行委員をやったことがある。学生運動真っ盛りの時代。この実行委員会もあるセクトで占められていた。ノンポリの百子にお誘いの手が伸びたのは、そのノンポリだったからだと、今になって思うのだけれども、当時は何が何だかわからないうちに担がれて、実行委員の副委員長までさせられた。仕事は庶務的なものだったような気がする。何しろ忙しく寮に泊まり込んだりしたもんだ。誰かに指示されていただけのようで、具体的な仕事の内容は覚えていない。祭りが終わった日、なぜかキャンパスを一人、竹箒で掃除していた自分の姿しか覚えていない。あれは大学3年生の時だった。
4年生の初めの就職活動で、そのことがネックになるなんて夢にも思わず・・・(当時は学生運動が激しく、企業は学生が所属する政治団体やセクトにピリピリしていた)。まぁネックと言っても、何しろ百子はノンポリ。話せばそのことはすぐにわかってしまったようだけど・・・。
 
 それに比べると、今の学生事情は・・・純粋にサークル活動の楽しさと…ちょっぴり就職を意識しての大学祭参加なのだろう。「学生生活で打ち込んだことは?」と就職の面接で聞かれることが多いからだ、と聞く。
 でも、純粋に学生時代に仲間と何かを企画して実行するのは楽しいよね。それが母校の思い出として結びつくんだ。
 
 多くの学生が、実行委員として、サークルとして、あるいはゼミ単位で大学祭に参加している。模擬店から聞こえる、呼び込みの声が、さっきよりも高くなった気がする。
  

 
 
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2010年11月13日

扉温泉(密教)顛末記

 所用を兼ねて木曜日から長野へ。一日目は書の先生を尋ねて。戸隠中社まで出向き、新そばを堪能!。また長野に戻り松本へ。そこから扉温泉、悪夢が始まった。
 
 扉温泉は2度目である。一度目は明神館。宿泊料金はかなりの高額だが、サービスの良さと「立ち湯」「寝湯」で有名である。確かに「立ち湯」の絶景と、肩まで歩いて入れる程のたっぷりとした湯のまろやかさは抜群であった。扉温泉というと「明神館」といわれるぐらいだが実は、もう一軒、明神館の奥に旅館があるのである。群鷹館。湯元という。
 悪夢と書くとしかられてしまいそうだが、「明神館」がホスピタリティを前面に出した商業的なサービスを売り物にする旅館であるとするならば、群鷹館はその対極にあるといってもいい。
 サービスが悪いというのではない。ごくごくシンプルなのである。

 「3時前に着きます」「はい、着いたらご連絡ください。いつでもお迎えに行きますから・・・」と群鷹館のご主人。ネット情報でも「お迎え」付きとのことだった。ちょっと戸隠で時間を食ってしまい、というか長野の駅で手間取って、特急を逃し鈍行で松本へ。予定より20分遅れてしまったのだが、当然お迎えをしてくれると思っていた。しかし・・・「4時半にバスがありますから、それに乗って・・・」てと、ずいぶんそっけない。仕方なくタクシーで5200円もかけて群鷹館へ行った。しかし・・・玄関に着いてもお迎えがない。運転手さんがクラクションを鳴らしてくれても誰も出てこない・・・。仕方なく「ごめんください〜」と玄関の引き戸を開けると、そこには二つのスリッパが用意されていた。我々のらしい・・・。すると奥から作務衣を着た男性が・・・「いらっしゃい」と、顔をだした。

 「今日は貸切のお風呂に入りますか?どうしますか?お部屋の外にも風呂が付いてますからそれでいいですか・・」などという。夕食は何時に?」と事務的でもある。前日から風邪気味で体の節々が痛かった百子は、ネットに出ていたマッサージを受けたかったので(岩盤浴?それに何か気功のようなものもネットに出ていたのを思い出し)聞いてみると「ええ、マッサージのおじさん来てくれますよ。ちょっと待ってください。電話してみます・・・」なんて言う具合である。???
 お浴場に行ってみると、先客3名。よかった我々以外にもお客さんがいるらしいと妙にほっとしたのだが、4名も入ればいっぱいになってしまうような狭さであった。それなら露天風呂に行ってみよう・・・ネットには2つの露天風呂があると書いてあったっけ。
しかしどこを探してもない。
 館の見取り図には女風呂の先のドアを出ると露天風呂と書いてあるのに、そこには、「貸切風呂」の木札が。仕方なくフロントに行って聞いてみると、奥さんらしい女性が出てきて「あれ?お客様、貸切風呂はいらないとおっしゃったので…」「えっつ、その貸切風呂が露天なのですか?じゃぁ入りたいのでいいですか?」「いいえ今すぐには無理です、用意しないと…」とこんな具合である。
 挙句の果ては・・・部屋の外にあるという風呂。部屋の外がベランダ風になっていて、その隅に、陶器のまあるい風呂があった。その向こうは林。、その上には道路が見える(めったに車は通らないが・・・)風呂を隠すようによしずが。えらいこっちゃ。陶器だから、湯を入れてもすぐに冷めてしまう。それに冷たい。
 その上、食事は質素で・・・唯一、七輪の上で焼く生きた「いわな」が新鮮だった。朝食?いうまでもない。せっかくの炊きたての御飯が、おかずを待っているといった感じ。質素といえばいいのだろが・・・。おかずがたりない!

 建物は悪くない。食事どころも雰囲気がある。風呂場は狭いが湯は豊富で柔らかい。部屋も広いし暖かいし、トイレもきれいだし・・・でも、なんだかうすら寒いのである。人気がしないのである。(結局その日の客は我らと6人グループのみだったらしい)。
 えっつ、こんな風でいいの?この旅館。・・・その理由は次の日の朝に判明した。

 確か8時にお願いしていた食事の時間に食事処に行くと、まだ真っ暗である。仕方ないので、外に出てみると使われていない岩盤浴の部屋が見えた・・・。なんだあるんじゃない。
 しかし、フロントもそのわきにある応接コーナーも戸がしっかりと閉じられている。しかも、中から・・・
 鈴というのか鐘というのかに合わせての読経が・・・いや読経ではない・・・。唸り声のような声が聞こえてくるのである。そういえば、フロント周りやその応接コナーの壁には、竜や曼荼羅のような絵や掛け軸ばかりが飾ってあったっけ・・・。えつ誰が?ここは旅館でしょ。

 帰り…支払いを済ませて何気なく聞くと。(テーブルの上には古い木玉のお数珠と経典らしきものが・・・)。聞くところによると、ここの主人は密教(真言密教?)の行者という。朝の祈祷をしていたらしい。(この祈祷は、8時半からの食事を終えた後からまた始まった・・・)。ここの旅館は「経営者が、閉めるというので私が代わって営業しているのですよ・・・」とご主人、じゃなくて密教の行者さん。「私は全く旅館をやったことなどないのです」と。
 
 帰り、旅館の前に建てられた旗を見ると確かに、「行者の宿 群鷹館」と書かれていた・・・。余分な接待はなし。食事もシンプルで、サービスは申し出らなければ受けられない。
 ただ、「川魚は生きているものを焼かなければうまくないのです。だからそれを提供しています」とご主人、いや行者(修験者)は静かに語るのであった。食事の素材は、数えるぐらいしかない。川鮭、いわな、豆腐、卵、キャベツ、白菜…少々の佃煮というか和えもの。その日の午前中お会いした書の先生からの差し入れの、漬物と皮の剥かれたリンゴが・・・なすすべきことのない部屋でのお茶受けの楽しみでもあった。先生!ありがと。  ・・・・・。
 こうして群鷹館滞在はおわった。帰りはご主人直々松本駅まで車で送ってくれたのであったが、その道、明神館の前には人の群れが・・・。このご主人、どんな気持ちで「お隣」旅館の繁盛ぶりを見ていたのだろうか・・・。

 そうだ、旅館に着いた時はジャズが・・・、そして夕食のときにはアンデスの音楽がかっていたっけ。応接コーナーには、大きなスクリーンとプロジェクターが。「千と千尋の神隠し」のDVDがあったな。密教と祈祷・・・とジャズ。お客さんの食事より祈り。
商業主義に毒されていないといえばそれもそうだ。
客は、静かな、誰にも邪魔されない時を十分持つことができる。確かに。なんでも自分でやればね。

本当に不思議な宿であった。最後まで、ご主人と奥さんらしき人のほかの従業員は見ていない。
宿泊費一人23000円+タクシー代5200円。







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2010年11月08日

お茶会と吟行の仲間

 温かな小春日和の日曜日。上野東京国立博物館裏の庭園(今年は10月30日から12月12日まで一般解放されている)で、所属する番町句会をはじめ日経俳句会の面々27名の参加による大吟行が開催された。
 朝10時集合。さすがお年寄り集団(ごめんなさい)、遅刻する人もおらず、いざ博物館の西門から入場。ふーん。こんなところがあったんだ。小さな茶室(転合庵、六窓庵)そして、薄茶会の会場になった九条館、則天武后関連の拓本が飾られた応挙館、そこでは、我俳句のお師匠さんによる「則天武后」の講話が開かれた。彼は新潮選書「追跡・則天武后」を出している、元日経新聞論説委員でもある。

 庭園の紅葉はまだまだ、といった感じ。中には薄く色づいている木々もあるが、まだまだ秋の色だ。
 主催者は、越谷のお茶の集まりの会と、書道家集まりである。書道の赤池先生は、俳句NPO法人双牛舎総会で毎年行われる、俳句会の上位入場者の句を短冊にしてくださっている。越谷で多くのお弟子さんを集める書の先生だ。

 薄茶を全員でいただき、その後、講演を聴き、書(何畳もありそうな拓本)を見て昼食。三々五々庭園へ繰り出し、作句である。日だまりはほっとするような温かさがあるが、日蔭は立冬の日にふさわしい冷たい空気。自然と日だまりを求めて日が当たる池の周りに仲間が集まりだした。手帳片手に俳句をひねる。中には早々と作り終え、写真を撮ったり、のんびりと日向ぼっこをする仲間。・・・句会は人数の都合上、メール句会にすることにして、午後2時には「上野駅」公園口の改札の上の食堂に集結。談話会になってしまった。
 所属する句会はそれぞれ違うが、みな双牛舎のメンバーである。どの句会も、双牛舎の代表2人が中心になっている。先生でもあり、企画運営者でもある。要は、皆彼らのお人柄と俳句の魅力にひかれて集まった人たち。どこでもいつでも話がはずみ、参加者が多い。先般は、「逆回り『奥の細道』」シリーズの第4回目を挙行したらしい(百子は不参加)。

 最近、俳句に苦心している百子であるが、こんな風に茶道にふれるなど(濃茶は断念しましたが・・・)日本の文化に触れ、庭園を歩き、楽しい仲間と語り合い、次の企画を考えて…たまには遠出をする。共通点は俳句だ。もう少し時間ができたらもっともっと勉強したい、と思っている。
 で次回の遠出は、愛媛松山。年明けの2月。子規をたどる吟行である。
 おっとその前に「双牛舎」の総会。一応百子は理事の一人でもあるのだ・・・った。



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2010年11月02日

明日は文化の日

 一転、秋らしい朝が明けた。空気もひんやりしていて気持ちがいい。(なんといっても明日は休みだし…)。
 仕事がある日は目いっぱい仕事をしようと思っている。昨日から学生の面談も始まったので朝早くから夕方遅くまで研究室を出たり入ったりしている。これが11月いっぱい続くだろう(おっと来週末は大学祭だ)。その合間を縫って、長野の扉温泉に行く予定でもある。紅葉を見ながらちょっと休養。授業はちょうど半分を終わったぐらいだ。
 今週末は東京国立博物館裏の庭園(年に何日か開放されるらしい…)で、則天武后の拓本を見たり講演を聞いたり、お茶会に参加したりする予定(句会の行事でもある)。今日みたいな日が続いてくれればいいな。
 やはりこんな気候のうちに、「文化」のにおいをかぎたくなる。と言っても明日の休日は、まだ残っている家の中の冬支度を済ませる。もろもろの片付け。

 今のところ4対3ぐらいの割合で仕事をしている。週4日が仕事、週3日が、俳句などの趣味の時間。もちろんハウスキーパーの仕事も。こんな調子であと何年か行くといいと思っている。
 やはり仕事は必要。いろいろ刺激があるし…。もうひと踏ん張りやりたいこともあるのだが、それもそろそろ形にしていかないと…。3日の自分の時間を削ることになるけどね。
 さぁ今日もがんばろっと。
 
 それにしても…面談。ゆっくり話したいなって思う学生はなかなか来てくれない…。今のままで頑張ってくれれば、と思う学生ばかり…。
 20歳前後、いろいろ迷うことも多いよね。考える自分を大事にするのは大切だけれども、しなければいけない行動まで封鎖しちゃうと、ちょっと行き詰ってしまうかもよ。

 

 
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